カネサオーガニック味噌工房 松陰神社前店

安部美佐さん

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松陰神社前

一年と少し前、松陰神社前の商店街に一軒のお店がオープンした。宮城県美里町の農家で育った安部美佐さんの味噌工房だ。実家で採れた有機栽培のお米と大豆、それを原料にした味噌や甘酒が並ぶ「カネサオーガニック味噌工房 松陰神社前店」は、宮城にいる家族とともに経営していると言っていい。農業はお父さんと弟さんが、加工品製造はお母さんが、店舗での販売は美佐さんが中心となって活動の幅を広げ、原材料の生産から加工、販売までを一貫して行っている。そんな家族の輪が感じられる味噌の魅力について聞いた。

文章:吉川愛歩 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

未来につなげるための田んぼづくり

「ゴールデンウィークは田植えシーズンなので、遊びに行った記憶なんてないですよ」
米農家で育った美佐さんが田んぼに関わりはじめたのはいつからだったのか、物心がついたときにはもう、家業の手伝いが生活の一部だったと言う。特に忙しいのは5月初旬からはじまる田植えの時期。朝6時半から日が暮れるまで家族総出で働いた。

「とはいえ、実家は長男である弟が継ぐのだと思っていたし、わたしは自由で気楽なものでした。子どもの頃は、どんな意味があってその作業をしているのか、どんなものをどんなふうに作っているのか、全然考えたこともなくて……。苗を直線上に植えなければ、のちのち除草機が大切なお米まで刈り取ってしまうのだという基本的なことを知ったのも、大人になってからのこと」

美佐さんのお父さんは25年前、代々続く田畑をすべて有機栽培に切り替えた。オーガニックという言葉が今のようには取り沙汰されておらず、しかも個人経営にしては広大すぎる土地(東京ドーム11個分以上!)のすべてを有機農法にしたのは、画期的で大変な試みだったという。

「当時は、とにかくたくさんの作物を出荷することが最優先だったそうです。収穫した作物の量が生活に直接関わってきますから、害虫や病気を回避するために農薬を使って効率化を図ることも致し方ないと言えます。そんな父が有機に注目したのは、土壌や生態系に負荷をかけない生き方について考えはじめたからでした。また、弟がアトピーだったことで、母も食べ物が身体をつくるということを目の当たりにし、環境や身体のことを考えた、未来に向けての農地づくりに切り替えたのだと思います」


もともとは米と大豆だけを生産していたが、2014年にお母さんが中心となって販売用に加工品の製造をはじめた。購入した糀で家庭用に作っていた味噌も、「米を作っているのだから糀も作ってみよう」と道具を揃え、加工品作りを広げていったそうだ。

気がついたらずっとそばにあったもの

実家の仕事をするとは思ってもみなかった、という美佐さんが初めて就職したのは広告代理店のシンガポール支社。高校でアメリカ留学を経験し、海外の方が肌に合っていると感じたそうだ。

「むかしから母が、外の世界を見ていらっしゃいと言っていたこともあったし、とにかく外に出たいという気持ちが強くて、小さい頃から自分は海外に行くんだって思っていたので、大学時代には一年間タイに留学しました」

そこで経験したことは、一言でいえば挫折ということになるのかもしれない。
「授業はすべて英語で、ただ受けるだけでなく、積極的に発言しなければ単位がもらえないというスタイルだったんですね。それは日本の大学でも同じだったはずなのに、全然うまく喋れなくて、積極的になれなくて……。もっとがんばればよかった、できないことばっかりだった、という一年でしたね」

そんな苦い体験とは別に、タイとのつながりは今も大切にしている。大好きなタイに行きたいから口実をつくっているだけ、と美佐さんは笑いながら、去年タイで味噌づくりのワークショップをひらいたと教えてくれた。
「タイにはタオチオという、味噌によく似た調味料があるんです。大豆を発酵させたもので、液状のお味噌と言ったらいいかな。なので、タイの方にもお味噌の味は身近に感じられて馴染みがあるんですよ。チェンマイは涼しい地域ですし、バンコクには糀も売っているので、みんなで楽しくおいしいお味噌を作ることができました」


シンガポールに就職したのち、帰国して外資系の広告代理店に転職。美佐さんの生活は順風満帆だった。大手のプロジェクトに関われたことで、CMが長い時間をかけて作られていくことや、撮影現場で学ぶことも大きく、あっという間に4年がすぎた。

「忙しい毎日を送る一方で、これをずっとやっていきたいのかな……、と考えはじめてもいました。以前より仕事への熱量が下がっている感覚があったんですよね。この仕事は情熱を持っていないと続けられないんじゃないか、って。それでなんとなく料理に関わる仕事がしたいなと料理教室に行ったり、食のイベントに参加したりしながら、どんな仕事が自分に向いているのか、って模索していました」

そんなあるとき、美佐さんに声をかけたのはお母さんだった。
「『家の仕事を手伝ってみない?』と母に言われたんです。わたしが元気をなくしているように見えたらしいんですよね。でも宮城に帰る勇気はなくて……。そう告げると、『東京でできることをしたらいいんじゃない?』と言われ、それならできそうだなあって、インスタグラムで毎日お味噌汁の写真をアップしはじめたんです」

料理の仕事がしたいと思ってあちこち探していた美佐さんが、家業の存在に気がつくまでに時間がかかったのは、それだけ身近すぎたからかもしれない。美佐さんは会社で働きながら、実家でつくる作物や味噌などの加工品を知ってほしいと、ファーマーズマーケットなどのイベントに出店するようになる。これが、宮城と東京を結ぶ「カネサオーガニック味噌工房」のはじまりだ。

家族に喜びを伝えられる嬉しい役割

ふと、並んでいるお味噌の種類を聞くと、美佐さんは嬉々として味の違いや作り方について詳しく教えてくれた。壁に貼られた、小さな文字でびっしりと書かれたレシピを見ても、商品への思いがしみじみ感じられる。家族で大切に育てた作物であるという安心感が伝わってきて、思わず宮城の大きな田んぼを想像してしまう。そのことを告げると、「自分がまさか接客業をするなんて思ってもみなかった」と美佐さんは笑った。

「知らない人……って言ってもお客さんなんですけど(笑)、人と話すのが苦手で。聞かれてもわからないことがたくさんあって、最初はものすごく苦痛でしたね」

ところが、大豆やお米の品種、味の違い、糀や味噌がどのように作られるのか、家族に聞いて学びながら知識が身についてくると、今度はしっかり説明したい気持ちが湧き上がってきた。

「どんなに一生懸命に安全に育てたものでも、わたしがちゃんと説明しなければお客さんには伝わらないんだ、ってわかったんです。しかも、お客さんの反応を聞けるのもわたししかいないんです。『このお味噌だと子どもがお味噌汁をよく飲んでくれるの』ってまた買いに来てくれた人がいたんだよって、家族にいい報告ができる役割はしあわせです」

当時は、会社勤めをしながら毎週末イベントに出店していた美佐さん。休みなしで働くサイクルへの疲労感もあって、お店をひらくことを真剣に考えはじめたそうだ。
「会社の先輩が開いたヴィーガンレストラン『mique』によく行っていたので相談してみたら、『松陰神社前とかいいんじゃない?』って。全然馴染みがなかったので、その足ですぐ商店街を見に行ったんです」

美佐さんは商店街をうろうろしつつ、「マルショウ アリク」にふらりと飲みに入る。そこでアリクの店主・廣岡好和さんに背中を押してもらい、常連の方が商店街のいろいろな人を紹介してくれて、トントン拍子にことが運んだ。


お店という場所ができると、リピートしてくれるお客さんとの親密さは増し、会話が弾むと顧客の要望がもっとわかるようになった。

「量り売りできるお味噌もお客さんの声から考えたことです。一人暮らしの方になかなか使い切れないと言われて、それなら好きな分だけ買えるようにしよう、って。豆乳をつくるために大豆を買ってくれる方がおからを持ってきてくださったり、おつきあいの深さもイベント出店していた頃とは違うんですよね」

量り売りの味噌は別売りの瓶に入れてもらうこともできる。どんなものでも容器を持っていけばちょっとおまけしてもらえるサービスつきだ。常に何種類かの味噌を販売しているので、食べ比べも楽しめる。

宮城を東京で感じられる工房づくり

カネサの味噌は宮城で毎月仕込んでいる。加熱したり酒精を入れたりして発酵を止める味噌もあるが、カネサの味噌は生味噌だ。種類もいくつか準備している。
糀と大豆を同量で仕込んだ「レッド」は、一年熟成させたもの。それを8年熟成させた「ブラック」は名前のとおり真っ黒で深い味わいだ。糀の量を増やし米の甘さを引き立てた「ホワイト」は半年熟成のもので、木樽で仕込んだ自然な香りのもの、大豆の量が多い濃い味のものなど、さまざまな味噌づくりをしている。

味噌というと、寒仕込みが一般的だと思っていたのだが、カネサの味噌は毎月仕込む。あっさりとした味に仕上がるから夏仕込みの味噌が好みだと言う客もいるそうだ。

「常に一定の仕上がりにするために工夫することもできるんですけど、それだと大きい会社が量産している味噌と同じじゃないかな、って。小規模なりの、自然の温度に任せながらできる味噌づくりをしていきたいなと思っているんです。買うたび味が違うことも楽しみのひとつにしてもらえたら嬉しいです」


そんな美佐さんたちのつくる味噌は、ミヤギシロメという宮城県産の大粒大豆が原料。白くきれいな豆なので和菓子や豆腐づくりによく使われる品種だ。また、糀はつや姫かひとめぼれ、ササニシキのいずれかを発酵させている。

「この間、ミヤギシロメの豆を松陰神社前の畑に植えたんですよ。お味噌の材料として使えるほどの量は収穫できませんでしたが、これからは東京にいながら宮城を感じられるようなこともしていきたいなと思っています。甘酒も、宮城の親戚が育てた苺を使って苺甘酒をつくったのがきっかけで、季節ごとに旬のものを取り入れた甘酒を販売するように」


味噌やお米の味を知ってもらおうと美佐さんの精力的な活動は止まらない。月に一度、駒沢のmiqueにて「カネサ朝ごはん食堂」をひらいているのだ。
「おにぎりやお粥とお味噌汁をお出ししているのですが、目の前で食べていただくので、お客さんの反応がよりダイレクトに伝わってくる、貴重な機会なんですよ」

美佐さんが味噌の蓋を開けると、発酵した豆のいい香りがぷうんと漂ってくる。大きな畑で手をかけて育てた大豆と糀。あとは塩があれば時間が味噌にしてくれるのだから、発酵という技術はすばらしい。どんな野菜も味噌汁に合い、ディップにしたりおにぎりに塗ったり、味噌の持つ可能性も幅広い。これからも店の壁に増えていくであろう美佐さんの新しいレシピが、今から楽しみだ。

カネサオーガニック味噌工房 松陰神社前店
 
住所:世田谷区若林4-17-11 TSビル1階
営業時間:10:00~19:00
定休日:不定休
ウェブサイト https://www.kanesaorganic.jp/

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