とうふ 安達屋

武藤常陽さん・雅江さん

最寄り駅
駒沢大学

水の中で木箱を返すと、柔らかくて崩れてしまいそうなとうふがつるりと滑るように現れる。ビジネスバッグほどの大きな塊は、薄いとうふ用のナイフであっという間に切られてゆき、馴染みのあるパックに収まった。安達屋は上馬で創業してから80年以上、この街の変化に流されることなくずっとこの地域の食卓を支えている。食べてごらんと渡された出来たてのとうふはほんのり温かく、なんとも瑞々しくて甘い。もうほかのとうふには戻れない。そう思わせる丁寧な味には、ある大切な物語があった。

文章:吉川愛歩 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

大豆から生まれる素朴なごちそう

とうふ屋の朝は早い。そう聞いてはいたけれど、「とうふ 安達屋」の三代目・武藤常陽さんの仕事はじめは午前3時。夏でもまだ真っ暗な中、前日から浸水させてふっくらと大きく膨らんだ大豆をすりつぶし、釜でゆっくりと炊いていく。焦げやすく、その日の気温や水温、大豆の具合によって加熱時間や火の入れ方が違うので、炊いている間はつきっきりでかき混ぜる。炊き上がったらそれを搾り、豆乳だけをふたたび加熱する。

とうふは、種類によって作り方が微妙に違う。加熱した豆乳ににがりを加えて熟成させたものを「寄せどうふ」といい、それをざるにあげ、水分が適度に抜けたものを「ざるどうふ」と呼ぶ。豆乳を木箱に入れ、にがりを混ぜると型通りに固まって「絹」になる。木綿の布を敷いた穴あきの箱に、同じく豆乳を固めたものを入れて重石を乗せ、水分を抜いたものが「木綿どうふ」なのだが、よく知っている木綿とはずいぶん食感が違うので驚くかもしれない。安達屋の木綿は硬くない。ふうわりとしたとうふが、弾力のある側面に守られるように収まっているとでもいうのだろうか。ちょっと置いておくだけでも水が滴るような柔らかさだ。常連さんに人気があり、常陽さん自身も木綿がいちばん好きで夕食には欠かさず冷奴にして食べるという。
他にも、山口県で採れた自然薯を皮ごとすりおろしたとろろを合わせた、「自然薯木綿どうふ」や「自然薯よせ豆腐」がある。

大量に出る大豆の搾りかすは、おからだ。とうふ作りの上ではいわば不要なものだが、そう呼ぶのは気が引けてしまう。栄養価が高いのはもちろん、特に安達屋のおからはしっとりしつつもほわほわと軽く、そのままつまんでも豆の旨みを充分に味わえる。お昼ごろまでに行くとまだほんのり温かいのも、なんだか嬉しい。

「買った当日は、このままオリーブオイルや塩胡椒をかけて食べるのがおすすめ。翌日になったらお野菜と煮たり、スイーツにしたり。前に息子が、駒沢はらっぱプレーパークで開催する『子ども商店街』で、“おからおやき”屋さんをやっていました。冷凍もできるし、使い方がいろいろあってお料理も楽しいんです」

そう話す常陽さんの奥さま・雅江さんは、20年程前に安達屋に嫁いだ。それまではアパレルメーカーで働いていたというから、ずいぶんな転換だ。常陽さんの元で働きながら知識を増やし、今ではショーケースで売られているがんもや惣菜は、すべて雅江さんが作っている。がんもは、中のジューシーさを保ちながらも外側の歯ごたえがよくなるよう二度揚げし、使っている調味料はどれも選び抜かれたものばかりで、ふたりの食に対する感度の高さが伺える。

傷つけてしまったとうふや端切れなどはこうして別のかたちに蘇らせることができるので、廃棄するものはほぼゼロだ。ほかにも油揚げに焼きどうふ、なま揚げと、ショーケースの中にはぎゅぎゅっと魅力的な品が並ぶ。

「とうふは贅沢品だったの。あんなに棄てるところが出るんだもの。むかしは冠婚葬祭のときに通夜やお祝いの席で、村の人たちに振る舞うために作る食べものだった。大豆をとうふ屋に持って行くととうふにしてもらえてね、毎日のように食べるものではなかったんですよ」
そう言いながら、常陽さんは慣れた手つきでとうふをパック詰めしていく。

移り変わる時代の中で生き残るために

常陽さんがとうふ屋を手伝いはじめたのは、子どもの頃に遡る。学校が休みの日は半ズボンにゴム草履を履いて、よく洗い物をさせられた。面倒だなあと思うこともあったが、「夏は水が冷たいのが気持ちよくて手伝いは楽しかった」と言う。

「その頃はこのあたりに個人商店がたくさん立ち並んでて、近所の店でよく遊んでたんですよ。今なら怒られるだろうけど、当時は近くのケーキ屋でケーキ作り見ながら遊んでるなんてのが日常で。そういうのが普通だったの。とうふも、お鍋を持って近所の人たちが買いにくる時代。246には玉電が走ってて、駒沢公園はゴルフ場で。前の道は砂利道で、すぐそこの駒沢大学駅前の交差点はついこの間まで『真中(まなか)』っていう信号だったのに、いつの間にか変わっちゃったんですよね。だんだん商店も減っていって、界隈のとうふ屋もずいぶん少なくなりましたね」

もともと安達屋は、店名の由来でもある福島県安達郡出身の祖父が営んでいた。戦後、現在の場所に移り住んだ祖父がとうふ屋を開業し、常陽さんの父・常助さんがあとを継いだ。父親の仕事ぶりを見ながら常陽さんが駒沢小学校、駒沢中学校と進学して育つ中で、街も時代も急激に変化していった。

家業がある家は、継ぐのが当たり前のように小さな頃から教え込まれるのかと思ったが、二代目はこの仕事を常陽さんに継がせたくなかったそうだ。それは、安達屋を続けていくことがどれだけ大変かが、わかりすぎるほどにわかっているからだった。

「高度成長期だったときは、親方に教わったとおりにやってれば食べるのに困ることはなかったんですよね。でも、環境が変わり、暮らし方が変わり、だんだん個人商店を経営することが難しい時代になってきて、周りがどんどん店を畳んでいく中で生き残っていけるのか、あとを継ぐべきなのか考えて考えて……。だから今残っている商店の人たちは、本当によく頭を使って考えている人ばかり。みんながんばってるんです」

そんな中で継ぐことを決心した理由を、常陽さんは「これしか出来ることがなかったから」と言うが、二代目のやり方をそのまま受け継いだのではない。このままでは駄目だと思いながらもどうしたらいいのかわからず、焦燥感を持って日々過ごす中で、とうふの作り方をいちから見直す機会を得たのだった。

「今の作り方は、二代目のときとはまったく違います。と言っても、水で戻した大豆を炊いて絞って……って“とうふの作り方”の工程を書いたら同じなんですけどね。その一つひとつの工程にかける時間や手法が全然違う。たとえば、大豆を炊くだけでも通常の二倍の時間かけているので、大量生産はできません。でもそのぶん、本当においしい」

幼い頃から当たり前に食べてきたとうふの常識を打ち破ったのは、あるとうふ屋との出会いだった。経営が思うようにいかず途方に暮れていたときに掴んだ、安達屋の原点だ。

受け継いだとうふの味

友人の紹介であるとうふ屋を訪れたときの衝撃を、常陽さんは「これが同じとうふなのか、と思った」と話した。安達屋のとうふをはじめて食べる人も、おそらく同じ感想を口にするだろう。今まで食べてきたものとはまったくの別物だと感じた常陽さんは、そのとうふを作る「とうふ小僧豆助」に頼み込んで、弟子入りさせてもらった。ご主人は、週に一度かよってくる常陽さんにとうふ作りのすべてを教えてくれた。商売よりも科学的な研究や実験を熱心にし、理論的なところからとうふを見る、一風変わった人だったという。

「そこで一年修行させていただき、安達屋を継いでリニューアルオープンすることにしました。同じ作り方をするには特注の釜が必要だったので、その釜のために思い切って店を改装することにしたんです。最終的に釜の設計や厨房の設備、なにからなにまでご主人に見ていただいて店を変え、今の安達屋が出来上がりました。経営状態がいいわけじゃないのに改装にもお金がかかり、もうあとには引けない、という思いでした」

常陽さんと出会ったときすでに病に冒されていた「とうふ小僧豆助」のご主人は、自分の持つ知識を惜しみなく常陽さんに託していった。おかげで二代目のときからの常連客に加えて、徐々に遠方から買いに来る人やファンが増え、安達屋は再建できた。
以来、常陽さんは「とうふ小僧豆助」で学んだ作り方を守っている。このやり方では時間と手間がかかり、「ひとりブラック企業のように働いている」と笑うが、衝撃を受けたあの味を作り続けたいという思いが、今日の安達屋を支えているのだ。

リニューアルするときに変えたのは作り方だけではない。大豆もさまざまな種類を試し、二代目のときに使っていたアメリカ産大豆をやめ、佐賀県産の「ふくゆたか」に変えた。甘みが強く風味が濃厚で、とうふ作りに向いている味だという。

「採れたての大豆は柔らかすぎるので、秋に収穫したものを春まで寝かせておいて、程よく水分が飛んだものを使います。以前、下馬のナチュラルハーモニー(現在は五風十雨)さんからのご依頼で自然栽培の大豆を使ってとうふを作ったり、トラスト醤油さんの無農薬大豆で作ったとうふを納品したりする機会があり、無農薬栽培にも興味があります。生命力のある大豆で作ると、簡単においしいとうふになるんですよ。ご家庭でも、質のよい素材が手に入ったら、火を通すだけとか塩を振るだけでおいしく食べられますよね。それと同じことです。反対に質の悪い大豆で作ると、なにか添加しなくてはならなくなってしまう。自然栽培や無農薬栽培のものだけでは安定した量を仕入れるのが難しいんですけど、いつかそういう大豆が切り替えられるといいな、と思っています」

街の中で生きていく安達屋の姿

安達屋のとうふに惚れ込んでいるのは個人客だけではない。三軒茶屋にある居酒屋さん、近所の焼鳥屋さんなど、飲食店で出すために買われていくことも多い。すぐそばの「十香 立呑和バル」のメニューには「安達屋さんの冷ヤッコ」と書いてあり、塩でいただく冷奴が楽しめる。

安達屋の店先にも、近隣でつきあいのあるお店の商品が並んでいる。たとえばこんにゃくは世田谷区野沢にある「高水食品」のもの。納豆はこの間まで深沢にあった(現在は海老名に移転)「日の出納豆製造所」のものだ。

「今の時期のおすすめはこんにゃく。こんにゃく芋の収穫期であるこの時期だけ、新芋から作られた生芋こんにゃくがいただけるんですよ。口に入れるものはなるべく無農薬で育てられたものや添加物の少ないものにしたいし、自分の子どもにそういうものを食べさせたいんです」

そんな常陽さんが心がけていることは、街やお客さんとのかかわりだ。なにか話のきっかけになったらと思い、月に一度「安達屋だより」を発行するようになった。常陽さんが興味を持ったトピックスをA4の裏表にびっしりまとめているのだが、「吉本新喜劇を観に行った」というものから環境問題などと幅広く、人柄が垣間見れておもしろい。とうふ作りに時間がとられ、なかなかそれ以外のことに手がまわらない常陽さんだが、やりたいことはたくさんあるそうだ。

「前にやっていた、プレーパークでとうふ作りを教える会もまたやりたいですし、学校の職業体験で来てくれる子どもたちにも、もう少しかかわれたらという思いもありますね。他の商店やとうふ屋とのおつきあいも、最近なかなか行けていないけれど、出向きたかったり……。無農薬栽培の大豆のことも考えたいし、いろいろやれたらいいですよね」

安達屋の大きなガラスの向こうでは、今日も暗いうちから常陽さんが働いている。常陽さんはそのガラス越しに朝焼けを感じ、少しずつ街が動いていくようすを眺める。

「走って会社に急ぐ人は、毎朝走ってるんだよね」と、常陽さんは笑う。小さな頃から知っている近所の人、毎日欠かさず木綿どうふを買って行く人、年に一度必ず秋に訪れる人。安達屋のとうふのやさしい味は、さまざまな人の物語の中で生きている。

とうふ 安達屋
住所:東京都世田谷区上馬4-5-5
電話番号:03-3421-0397
営業時間:8:00〜19:00
定休日:日曜日・祝日
とうふ 安達屋 ホームページ

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