苅部農園 16代目

苅部嘉也さん

最寄り駅
上町

住宅街の中に、すこんと抜けた空を見つけた。そこだけがお日さまに守られているみたいに明るく、野菜をぴかぴかと照らしている。大根、かぶ、葱、白菜、ブロッコリーなどが整列するこの農園を、苅部さんはひとりでお世話している。父から受け継いだ土地を丸1年かけて耕し、失敗を繰り返しながらも10年ここで野菜をつくってきた。「子どもたちの通学路だから」と薬を撒かないことに決め、ピンセットで丁寧に虫を取っていく。小学生だったころに朝顔を育てた経験しかなかった彼の、豊かな農園を見せてもらった。

文章:吉川愛歩 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

耕した土にタネを蒔く、すべてはそこからはじまる

10年前、この土地は梅や栗の木がそびえ立つ林だった。それまでアパレルメーカーで働いていた苅部嘉也さんが、苅部農園の16代目を担ってまずしなければならなかったのは、その林を開墾すること。一本一本の木を自力で抜き、土を掘り返してひたすら耕す。種が蒔けるような状態になるまで、およそ1年かかったという。

「以前は少し離れたところにこの倍以上の畑があって、父母はそこで野菜づくりをしていました。ところが父の具合が悪くなり、農作業ができなくなってしまって。このまま農業をやめるか、縮小して続けていくか、連日のように家族で話し合いました。結果として僕が後を継ぎ、向こうの広い畑を売って、こちらで農業をやっていくことに決めたんですが……。すごく悩みましたね。まず、やったことがないし、教えてくれる人がいない。相談できる人もいないのに、本当にひとりでやっていけるのかわからなくて」

そう言うわりに、苅部さんのすることは大胆だ。十数本あった梅と栗の木を重機も人手も使わずひとりで抜いて整地し、さらに水道がなかったため、10メートルも土を掘って井戸水を使えるようにしたというから驚くほかない。これももちろんひとりで、朝から日暮れまで3週間も土を掘り続けたそうだ。どうしてまたそんなことをと言うと、「インターネットで調べて、やれそうかなって思って」と笑い、「土を掘るよりこれつくるのに時間かかりましたよ」と、塩化ビニールのパイプで自作した井戸掘り用の筒を見せてくれた。

そうしてようやく土と水の準備ができた2年目の夏、はじめてその土に種を蒔いた。トマトやきゅうり、茄子など夏野菜の苗も植え、いよいよ農園のはじまりとばかりに収穫を楽しみにしていた。

「結果は散々でしたね。実を大きく育てるためには、追肥といって途中で肥料を追加しなくてはならなかったのに、そのタイミングを逃してしまって実が全然大きくならなかった。情報はインターネットでしか収集できないから、一生懸命調べてはいるんですけど、そのとおりにはならないし」

いったんうまく育てられても、日照時間や雨量の違い、気温や湿度など、自然の姿は毎年違う。それを肌身でわかるようになるには経験を積むしかなく、苅部さんがはじめて野菜を出荷できたのは後を継いでから4年目のことだった。

レストランに向けた少量多品目の畑づくりへ

もともと世田谷は田んぼや野菜畑ばかりの、農業が盛んな地域だった。それが後継者不足もあって昭和40年ごろを境に減少していき、今では区内に300軒、この界隈には苅部農園一軒だけになってしまった。

「そのぶん後継ぎとしてがんばっている若手が……と言っても40~50代ですけど、JA青年部というつながりを持って活動しています。世田谷産の野菜は『せたがやそだち』というブランドがあるのですが、僕が所属しているJAには直売所がないんです。そのため、野菜のアピールやイメージアップにもつながるよう、駅前や広場で野菜を販売したり、農業祭や収穫祭などをひらいたり。そうやってJA青年部の方々と月に何度も顔を合わせるうち、うまくいかないことも相談できるようになりました。みんな苦労して得た知識なのに、肥料はこれがいいよとか試した種がよかったよとか、惜しみなく教えてくれて助けてもらっています」

ひとりで試行錯誤しながら育てていた野菜は、仲間からの助言もあって少しずつかたちになっていった。今では年間70品目を育て、そのほとんどを赤城商店をはじめとする近隣のレストランや飲食店などに卸している。

「スーパーや給食センターなどを相手にしている農家では、一種類の野菜を大量に育てています。つまり、一気に収穫期を迎えることになるんです。同じ日にたくさんの野菜を出荷しなくてはならないので、ひとりでやっているうちのような小さな農園には向かないんです。反対に、たくさんの品種を少なくつくる少量多品目栽培をすることで、毎日レストランで使う分だけ収穫してお渡しすることができ、いろいろな種類の野菜を楽しんでもらうことができます。いろんなものをつくるのは、僕も楽しくて」

野菜をレストランに直接販売していく中で、新たな気づきもあった。
「はじめは、きれいな野菜でないと売り物にはならないと勝手に思っていたので、虫食いや形が悪くなってしまったものは処分したり自分で食べたりしていたんですけど、イタリアンレストランのシェフが『無農薬ならそんなのは当たり前』と言って、通常の値段で買い取ってくださったんです。スーパーや給食に卸す野菜は規格が細かく決まっているので、サイズや形がずれたものは出荷できないんですよね。その点、実際にその野菜を調理するシェフとコミュニケーションを図りながら売ることができるのでロスが少なく、必要な野菜もわかってきました」

新鮮な野菜がそのまま食卓に

今、苅部農園ではレストランからのニーズに応えるため、カーボロネロというイタリアの黒キャベツや、辛味の強いヨーロッパ産の黒大根、中が鮮やかな赤紫色をした紅芯大根、通常の半分くらいのサイズのミニ白菜など、スーパーではあまり手に入らないような野菜もつくっている。ほしい野菜をレストランのシェフから聞いて、種を植えてみるのだという。ベビーリーフは毎日出荷できるよう2週間に一度のペースで種を蒔いているので、レストランでは毎日採れたての野菜を提供できる。レストランにとってもお客さまにとっても、こんなにありがたいことはない。

「レストランで食事した方がおいしかったと言ってここにいらして、野菜を買って行ってくださることもあります。そうやって食べた方の意見が聞けることや、喜んでいただけるのは嬉しいことです。冬場は分けられる野菜が少ないんですけど、夏は毎日農園の前に野菜を出して売っています。トマトとかきゅうりとか、毎日収穫しないとどんどん大きくなっちゃうんで」

もうひとつ苅部農園の野菜の大きな特徴として挙げられるのは、無農薬栽培であるということ。配合肥料は与えているので有機野菜ではないが、薬は撒かずに育てている。

「父が畑をやっていたときは普通に使っていたので、農薬もそれを撒く機械もたくさんあるんですけど、これこそしっかりした勉強が必要ですよね。中途半端な知識では扱えないです。無農薬の方がレストランでも喜ばれますし、畑の前の道が通学路になっていて子どもたちが通ることや、住宅に囲まれたここの立地のことも考えて、無農薬のままでいくことにしました」

無農薬ということはつまり、野菜には虫がやってくるし、草は伸びるということだ。苅部さんはアブラムシのように小さな1mm単位の虫もすべて、腰を屈めてピンセットで一匹一匹取り除いている。草取りも手作業でしているため、「年間360日は働いていると思う、なんだかんだ水撒いたりとか」と笑う。聞いただけで気が遠くなりそうな作業だが、苅部さんはなぜだか楽しそうだ。

「夏はバッタとかカマキリもいるし、トマトにカブトムシがくるから、小学生が遊びにくることもありますよ。カブトムシってトマトの中に入っちゃうから農家としては困るんですけど、のびのび育つ子どもたちの遊び場になるのも、たまにはいいですよね」

根づく、ということ

地域の子どもたちとのつながりも、積極的につくるようにしている。小学校に出向いて野菜の育て方を指導したり、農業を研究する社会科の授業では、仕事の仕方を話したり、実際に畑を見てもらったりするそうだ。農園がたくさんあった時代は、区内のさまざまな農家で請け負っていたが、今は近隣の学校すべてを受け入れられないため、子どもたちが区外の農園に出かけていくこともあるという。

保育園とのかかわりもある。10月になると、近所の保育園の子どもたちが芋掘りにくるので、春過ぎには30株以上の芋の苗を植えるそうだ。

「芋掘りは父の代のときも向こうの畑で受けていたんですけど、当日ちゃんとみんなが掘れるように育てなきゃならないから、失敗できないんですよ。ちょっと緊張しますよね。でも、そういう子どもたちや地域の方とのかかわりは、農業のことを知ってもらういい機会にもなるので、これからも大切にしていきたいなと思っています」

ゼロからつくった苅部さんの農園では、冬野菜がすくすくと育つ一方で、今も土の中でたくさんの種が春を待っている。

「季節ごとになにかひとつ、新しいものを植えてみているんです。レストランで使っていただけそうなめずらしい野菜にチャレンジしたり、外国産の種を買ってきてみたり。今年はいちごをはじめて植えてみました。たとえば同じ世田谷区内でも、多摩川の方の土は水はけよくてことは少し環境が違うので、他でうまくいっているものが自分のところでよく育つとは限らない。うまくいくかどうかは、植えてみないとわからないんですよね。あとは育ててみたけどあんまりおいしくないなとか、アーティチョークもつくってみたけど、食べるところが少ないわりにアブラムシが多くて大変だなあとか。今植えている紫色の芽キャベツも全然大きくなんないんですよ。緑色のは育ったのに。おもしろいですよね。日々そんなふうです」

袋に入った小さな種。苅部さんが振ると、中からシャカシャカという乾いた音が聴こえてきた。命のはじまりは、ふかふかに耕された土の中で栄養をいっぱいに蓄え、芽吹きの準備を整えている。無事に出てきた芽を見つけられたら、きっと嬉しくて胸がいっぱいになってしまうんだろう。ゆっくりと季節が移り変わっていくようすを畑から知る。そんな贅沢ができる世田谷を、愛おしいと思った。

苅部農園
住所:世田谷区桜

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