赤木商店

赤木亮平さん

最寄り駅
上町

世田谷線の上町駅から歩いて10分弱。今も老舗の肉屋さんや魚屋さんが残る小さな商店街「さくら通り」に惣菜屋『赤木商店』はある。2018年2月にオープンしたばかりだが、いい意味で真新しさはなく、ずっとそこにあったみたいに町に馴染んでいる印象だ。店主の赤木さんにお聞きしてみると、それもそのはず、ケータリングの調理場としてはもう15年ほどこの場所で活動しているという。しかし、このお店がこれほどに馴染んでいる理由は、単なる“時間の長さ”だけではないようだ。

文章:内海織加 写真:阿部高之 編集:鈴石真紀子

ひと手間ふた手間を加えたオーソドックスな逸品を

古いアメリカを思わせるおしゃれな店構えに、店内に心地よく響くロックステディ。「赤木商店」は、一見、その日本らしい店名やお惣菜屋さんというジャンルのイメージからは少しだけギャップを感じるかもしれない。しかし、視線をショーケースに移すと、シンプルなポテトサラダに色鮮やかなラタトゥイユ、イカとキャベツの炒め物にポテトフライなど、奇を衒わないオーソドックスな家庭的な料理が常時12種類ほど。さらに、自家製のマヨネーズやソース類、紫蘇ジュースやチャイキットなど、あったら食卓がいつもよりちょっと豊かになりそうなアイテムがあるのも嬉しいところだ。そんなホッとするような安心感を与えてくれるシンプルなラインナップは、店主の赤木亮平さんのこだわりのひとつでもある。

「ケータリングではその時々で注文に応じていろいろなジャンルの料理を作るのですが、ここには、ご近所のお母さんやお年寄り、一人暮らしの方が、晩御飯に1品追加したいっていう時に買っていただけるような、食卓に馴染むおかずを並べるようにしています。ご家庭で作った料理と一緒にあっても邪魔にならなくて、それでいてしっかり美味しい。心がけているのはそういうおかずです。メニュー自体はシンプルでも、家庭では面倒なひと手間ふた手間をかけるようにしています。例えば、ポテトサラダでも、ジャガイモを一度蒸して、粉ふきにしてからよく練る。そして、玉ねぎは塩で揉んだあと、さらに砂糖と酢で揉んで味入れと水出しをするんです。そこにパセリ、塩、自家製のピクルス液とマヨネーズを加えて和えてやっと完成します。おなじみの料理でも、こうして手間暇をかけたうちだけの味なんです」

実際にポテトサラダをいただいてみると、マヨネーズメインの味付けではなく、ジャガイモの甘さが引き立つ絶妙な塩加減。やさしい味付けではあるけれど、それは決して"薄味"というのではなく、満足感のある美味しさだ。

「子供からお年寄りまで、誰でも美味しく食べることができるものを出したいと思っています。味付けで心がけているのは、“いい塩梅”。スパイスも使い方次第で子供でも美味しく食べられるものになりますよ。単に味付けを控えめにするのではなくて、濃くて美味しい料理はちゃんと濃くします。メニュー開発の時には、店を手伝っている妻の意見をよく聞くようにしていますね。彼女は料理が得意な方ではないので、家庭ではちょっと作るのが面倒な料理や、自分じゃできない味付けなどの、アイデアが的を得ているんです。遠慮がないので、たまにちょっとだけムカつきますけどね(笑)」

ランチタイムには、お弁当にしてくれるのも嬉しいところ。自家製で漬け込んだぬか漬けも添えられて、美味しいばかりでなく身体もよろこぶこと間違いなし。ちなみに、ラインナップの中で特に人気メニューを訊ねてみると、
「鯵の南蛮漬けかなぁ。このメニューを楽しみに待っていてくださる常連さんが何人もいて、黒板に書くと次々に買いに来てくれるんです」

と赤木さん。毎日少しずつメニューが入れ替わるだけに、店の前のメニュー看板は、近所の常連さんにとって楽しみのひとつなのだろう。

ケータリングで培った料理の幅とチームワーク

赤木さんがお店を出すまでの経歴をお聞きすると、高校を卒業してすぐに地元の岡山のラーメン屋さんでアルバイトをしたことにはじまり、東京に上京してからも中華、仕出し屋、さらには麻料理専門店などさまざまなジャンルの料理店での調理、キッチンカーでアジアンフードを売る屋台販売、CMや映画の制作現場でのケータリングなど。

ジャンルとしてはバラエティー豊かではあるものの、いつだって赤木さんの生業としてベースにあるのは料理一択だ。中でも、今でも続けているケータリングでの経験は、赤木さんの料理の幅を広げ、人を食で元気付けたいという気持ちを強くさせたようだ。


Photo by 赤木商店

「2002年くらいからイベントでの屋台出店やケータリングを始めたんです。いろいろな現場がありましたが、中でも映画の現場で80名近くの出演者とスタッフの賄いを数週間に渡って担当したのは、特に印象深くいい経験でしたね。連日ですから毎回同じような料理では飽きてしまいますし、撮影の中で食事って大きな楽しみひとつだから、できる限り献立も工夫してね。朝から夜中まで、料理、料理、料理。スタッフと2人だったので、本当に死ぬような思いでやりきったんです。この経験があってから、ケータリングが仕事のひとつの柱になりましたし、自分としても自信がついたかもしれませんね。あとは、この仕事はチームワークも大切だなぁ、と改めて思った機会でもありましたね。大きな規模だと、他にも何人か料理人仲間に手伝ってもらうんですけど、そういう時はいかに作業しやすい環境を作るかも重要なんです。普段は、スタッフの村上とふたりで店を切り盛りしていますが、村上が入ってからは彼が得意とするアウトドアでのケータリングも増えてきました。屋外での仕事は過酷な場合も多いですが、今では頼れる存在です」

赤木さんと村上さんのやりとりを見ていると、その雰囲気は和やかながら阿吽の呼吸。厨房での二人の立ち振る舞い見ているだけで、いいチームであることが伝わってくる。

子供の頃に食べたものが、人の味覚の土台をつくる

「ところで、もともと料理がお好きだったんですか?」と尋ねてみると、「好きですよ!子供の頃からね」と赤木さん。

「母が、ものすごく料理が上手な人なんです。子供の時は、母の作る料理を当たり前に食べていたから、正直、そのすごさに気づかなかったんですけどね。母が夕食を作るのをよく手伝っていたので、それが料理に興味を持つきっかけになったのかもしれません。揚げ物のパン粉をつける作業は、得意だったから必ず頼まれたりして。あとは、両親が共働きだったので、ちょっとお腹が空いたら卵やハムを焼いたり、味噌汁を作ったり、自分でちょっとした料理を作っていましたね。自分で作ったら自分が美味しいと思う味にできるのが嬉しくて、その頃から料理は好きでしたね」

三人男兄弟の末っ子という赤木さん。実は、真ん中のお兄さんも地元の岡山で長年飲食店を営んでいるのだそう。それは、単なる偶然ではなく、子供の頃に食べていたものが人の味覚を育む、という何よりもの証拠なのかもしれない。

「味噌汁でもなんでも、母の味がひとつの指針というか憧れにはなっています。自分の中ではかなり近づけられるようになったと思っていても、実家に帰って母の料理を食べると美味しさが全然ちがう。やっぱりまだまだ敵わないんですよ。同じ作り方で作っていても全く同じ味にできないのが、料理のおもしろさだなぁと思います」

そして、赤木さんはご自身の経験から、子供の頃に食べていた料理がその後の食の土台になる、と話す。

「子供の頃に食べるものって、あらためて大切だなぁと思います。小さい時にこそ、ちゃんとしたものを食べさせてあげたいんです。小学生や中学生になれば、ジャンクフードに興味が出てくるのは仕方のないことなのでしょうけど、食の土台さえしっかりしていれば、必ず戻ってくることはできる思うんですよ。そういう土台づくりは、大人がしてあげられることかなって。畑で言うところの"土作り"みたいなものかもしれませんね。それは、自分の子供だけではなくて、近所の子供たちに対しても同じように思っていますよ」

そんな近所の子供たちへの温かい想いと、小さな子供を持つ忙しいお母さんたちの力になれたらという気持ちで、今年の7月にスタートしたのが、お子さんが通う保育園での惣菜の注文販売。このサービスをはじめてからの保育園の子供たちの反応は、赤木さんの励みになっているのだそう。

「娘が通う保育園で週2回、事前に注文を聞いてお迎えの時に渡す方法で惣菜の販売をしています。まだはじめたばかりですが、利用してくれているお母さん方に子供たちの反応を聞いてみると、普段家では好き嫌いをして食べない食材でも、赤木商店の惣菜だと残さず食べてくれる、なんて嬉しい報告もいただいて。このサービスをはじめてから、お迎えに行った時の子供たちの反応も変わった気がするんですよ。料理に愛情たっぷりこめているから、それがちゃんと伝わるのかな(笑)!」

暮らしの中で繋がり、住民として町に馴染んでいく

ケータリングの調理場として使っている年月を含めると、赤木さんが上町で活動をはじめて約15年。活動の場所としてこの町を選んだのには、どんなきっかけがあったのだろうか。

「以前は初台に住んでいたんですけど、引っ越すころになってたまたま物件が見つかったのが上町でした。それまで、この町には来たこともなかったんですけど、住んでみたら居心地がよくて。それで、調理場を探すことになった時に家の近所で探しはじめたら、たまたま倉庫だったこの物件と出会って、ますます居着いちゃったって感じです。縁があったんでしょうね。暮らしの中でいろいろな人と繋がって、ご近所に顔なじみが増えたり、「ゆいゆい」「City Coffee Setagaya」「BARBER SHOP SURFACE」「fridge setagaya」など、近所の店とも仲良くなったり。近所の商店や農園から食材を仕入れることもありますよ」


現在赤木商店のある通りは、昭和50年代に200以上の商店が軒を連ね、東京でも有数の大きな商店街だったという場所。今ではそこまでの賑やかさはなくなったが、今残る老舗店には学ぶことも多いと言う。

「魚屋さんや肉屋さん、和菓子屋さんなど、この通りに残っている店は名店だなぁって思いますね。それらの店で買ったものはやっぱり美味しい。長く愛され続けている理由がよくわかります。あと、近所の焼き菓子店『ヨツハ』さんが企画しているマルシェに参加した時に、15代に渡って農業を営んでいる苅部農園さんと知り合ったのですが、ここの野菜の美味しさに驚きましたね。ジャガイモ、にんじん、ニンニク、きゅうり、トマト、ナスなど、季節によって様々な野菜を育てていて、どれもむちゃくちゃ美味しいんですよ。昔から無農薬で作っているんですけど、長い時間の中で育まれた土がすごいんでしょうね。もちろん、うちの料理にも使わせていただいています」

上町には代官屋敷があり、ちょっと歩けば世田谷八幡宮や豪徳寺もある歴史の古い場所。代々住んでいる方も多く、ご近所づきあいにも人情味を感じるという。すっかり地域にも馴染んでいる赤木さんは、昔から続くお祭りでも大活躍。今年も9月7日(土)・8日(日)に行われる上町天祖神社の秋祭りでは、惣菜屋さんとは違う一面で、密かな有名人だ。

「上町天祖神社のお祭りでは、毎年、子供たちが踊りや歌を披露するステージの司会をしているんです。この地域は元気なご年配の方が多いので、僕なんかこの界隈ではまだまだひよっこ(笑)。お前もこい! って呼んでいただいて、司会やれ! ってうまいこと乗せられて(笑)。ここ数年やっているので顔を覚えてもらってるみたいで、近所で会った子供に『司会の人だ!』って言われます。こういう機会があるおかげで、地域との繋がりはぐっと縮まった気がします。おかげさまで、この町で暮らすのも店をやるのも楽しいですよ!」


いつの間にかこの上町に居着いてしまった赤木さんは、もう完全に外からやってきた人ではなく、町の“中の人”だ。それは、赤木さんの人懐っこいお人柄とご近所の人たちを想う気持ちがあるから、そして、同じ町に暮らす人としてそこにいるからこそなのだろう。昔ながらの町に馴染む、昔からあったような町の惣菜屋さん「赤木商店」。その存在は、かつてあった昭和の商店街のように地域をやさしく見守り、ホッと心まで温まる美味しいお惣菜を通して、人々を元気づけている。

赤木商店
住所:東京都世田谷区世田谷2-29-5
営業時間:8:00〜18:00
定休日:日曜、月曜、祝日

ウェブサイト:http://akagishouten.com/

Facebook:@akagishouten

Instagram:@akagi_shouten

 

(2019/09/03)

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