nienteとtokyobike

見城ダビデさん

最寄り駅
豪徳寺

世田谷線と小田急線が交差する豪徳寺エリア。昔ながらの小さな商店街を抜け、車通りが目立つ道路に面した建物の1階に、柔らかなカラーのスポーツバイクがずらっと並ぶ店が見えてくる。温かみのある木枠にガラスを全面に使った、明るくて気持ちの良い入口。どうやら単なる自転車の販売店ではないようだ。自転車と雑貨とギャラリースペース、そしてレンタルバイクのサービスもある。朗らかな笑顔で迎える店主の見城ダビデさんにお店のことや街のことなど、溢れる思いを伺った。

文章:高山かおり 写真:アカセユキ 構成:山田友佳里

メッセンジャーからトーキョーバイクへ

「自転車屋だけには、なりたくないと思っていたんです(笑)」
開口一番驚きのひと言が飛び出した。軒先に自転車が並ぶその店の名前は、「nienteとtokyobike」。自転車を販売している店に間違いはないのだが、どういうことだろうか。

「20歳頃からメッセンジャーの仕事を4年半くらいやっていました。そのときよく目にしていた自転車屋さんといえば、いつも手が汚れているイメージで、中腰の作業が大変そうな仕事だなと思っていたんですよね」

当時はメッセンジャーとして働きながら、自身でメッセンジャーバッグを制作し販売もしていた見城さん。

「メッセンジャーをやめて1年くらいバッグを作って暮らしていたのですが、販売のノウハウもなかったし、商売のセンスもなかった。でもその頃から、いずれはお店をやりたいなと思っていたのでモノを販売する小売業に興味がありました」

時を同じくして、ちょうどメッセンジャーの先輩から「トーキョーバイクで働かないか」と声をかけられたという。

「当時のトーキョーバイクは卸のみのメーカーだったのですが、直営店を出すことになり人を探していて、『もしよかったらどう?』と誘ってくれました。僕もちょうどお店で働いてみたいという思いがあったので縁と直感で、3年勉強させてください、と話して入社して、トーキョーバイクの1号店である谷中のお店に立つことになりました。
メッセンジャー時代に想像していた“自転車屋”とは違い、トーキョーバイクは、”速さ”とか”スペック”よりも、むしろ日々の暮らしや街の営みを楽しむことを大切にしていているところがしっくりきました。トーキョーバイクがあることで行動範囲が広がったり、何気ない季節の変化に気を留めたり、いろんなお店や景色に出会えたり。プロダクトを通してそういった"コト"を提供できる所に、今でも変わらずやりがいを感じます。メーカー的な側面と販売店としての側面の両方経験できたのも、すごく貴重でした。誰かの生活の一旦をになっている気がして、今では天職だと思っています」

谷中店で働いて1年経った頃、見城さんに転機が訪れる。トーキョーバイクの海外展開が始まったのだ。

「海外での取引先は自転車屋ではなく、家具屋や建築関係の方たちがトーキョーバイクを扱いたいと言ってくれたんです。当然ノウハウもないので、サポートが必要だろうということになって。ある日社長に呼ばれて、海外に行かないかと。すぐに、行きたいですと返答しました。当時僕が一番若手で独身だったのと、どこに行ってもそれなりに楽しく生きていけるだろうと思われていたんでしょうね(笑)」

シドニーやメルボルン、ロンドンなどで2年間の海外勤務を終え、良い区切りだと感じていた見城さん。

「このタイミングで3年経ったので辞めようかと思っていたら、ちょうど高円寺に2店舗目ができることになって、『ダビデに店長をお願いしたいから帰ってきて』と言われたんですよ。海外で貴重な経験をさせてもらった恩もあるし、店長業務の経験はなかったので、良いチャレンジだと思って。それで帰国したら、元々店舗統括をしていた方が数ヶ月後に辞めてしまって、いきなり2店舗を任されたんです。僕としては予想外でしたが、今振り返るとすごく良い経験をさせてもらいました」

暖簾分けでの独立と “いい街”だと直感した豪徳寺

流れに身を任せるようにトーキョーバイクで仕事を続け、約10年。そんな時に、ふと自分のやりたいことが浮かんだという。

「自分は、どんなことに"おもしろい"と感じるのか改めて考えていたら、nienteの構想がメラメラメラーと湧いてきたんですよね。やりたくなると抑えられないタイプなんです。こうなったらやるしかないなと思って代表に相談したら、『トーキョーバイクもやりつつ自分のやりたいことをやったらいいじゃん、そういう選択肢もあるよ』って話してくれたんです」

見城さんの思いに寄り添うように話してくれた代表のおかげで、一緒に働く若手にも目線を向けられた。

「僕は辞める頃に古株になっていたので感じていたのですが、辞めていく人がいないとなかなか席が空かないんです。若手がずっと若手のままな状態ってのも辛いだろうなと思っていました。一方で、トーキョーバイクに半分関わりながら自分のやりたいことを実現していくという一つのモデルケースができたら、企業のあり方としても魅力的だし働くスタッフにとっても面白い選択肢ができるんじゃないかなと感じ、ありがたく受けることにしました」

こうして暖簾分けという形で独立することが決まった。形が決まれば、次はどこでお店を営むのかという場所が問題だ。

トーキョーバイクの直営店は、谷中、高円寺(※現在は吉祥寺へ移転)、中目黒にある。直営店から近すぎるエリアを外し、販売店が少なかった小田急線沿いに目をつけた。そこでたどり着いたのが今の物件だ。

「実はこの辺りには全くゆかりがなくて、内見で初めて豪徳寺の駅を降りました。商店街を歩きながら、直感的になんだかすごくいい街だと思ったんですよね。街行く人々があまりせかせかしていない。あとで内装を手がけてくれた鈴木一史さんとも話していてなるほどと思ったのですが、『世田谷線のスピード感を許容できる人種』だと。ギスギスしている感じがないし、美味しいものもいっぱいあり、ゆったりとした時間が流れている街。いいモノを自分の価値観で選んで使っていたり、美味しいものを楽しめる文化度の高さを感じたんです。トーキョーバイクもそうなのですが、たくさんの人が来て右から左へせわしなくモノが売れていくような商売ではなく、お客さんの生活と向き合って製品やその背景を伝えていくというスタンスなので、そういった意味でも合いそうな気がしました」

内見の後、改めて自転車で周辺を巡り、心は決まった。
「世田谷線沿いや隣の2、3駅なども含めてすごく面白いエリアだと思いました。海外のトーキョーバイクの出店場所、例えばロンドンだとショーディッチなのですが、いわゆる新宿や銀座のような都心ではありません。少し繁華街から離れていてもちゃんとカルチャーが根付いている土地。そういう雰囲気を豪徳寺にも感じましたね」

物事の見方を変えて新しい価値をつくること

鈴木さんに内装について相談する際、見城さんはお店のコンセプトやビジョンをこう説明した。

「誰かが捨ててしまうものや普段捨てられてしまうもの、価値がないとされてしまったものの中からポテンシャルがあるものを引っ張ってきて、それにもう一度手を加えたり、スポットライトを当てたりしたら、また違う価値が生まれるということを見せていきたいんです。物事の見方を変えて新しい価値をつくりたいです」

高校では建築科を専攻していたため、レイアウトも自ら考えていたが、意匠としてコンセプトをどのように表現するかは鈴木さんに委ねたいと思った。話を聞いた鈴木さんは、「もう少し掘り下げていうと、既成概念や価値観を壊していくということだよね? 実はそういったことって建築の現場にもたくさんあって、面白そうだから僕なりに表現してみます」と答えてくれた。

そうして鈴木さんが返してくれた“答え”は、店内の様々な部分に見城さんの思いが目に見える形となって表れている。

例えば中央に位置するディスプレイ台の天板。
「これはフローリング材です。フローリングって100平米貼ろうとすると、万が一のことを考えて材料は余分に10平米分くらい用意するらしくて。きれいに貼れたらその予備は使わずに新品を箱のまま捨ててしまうこともあるそうです。鈴木さん自身、そういう部分にモヤモヤしていた。いろんな現場で新品だけど捨てる予定だったフローリング材を工面して、ここに使ってくれました」

他にも、様々な現場の木材を寄せ集めてつくった自転車のディスプレイ台、下地処理の段階であえて止め、それが模様のようにもみえる天井、一般的には表には使わない節のある木材をを使った柱など、すべてが目指すお店のコンセプトに繋がる内装となった。

モノを売るだけではなく、考え方も伝えたい

店名の「niente」とはイタリア語で“何もない”という意味を表す。
「絶対的な価値は『無い』というところが面白いなと思うんです。そのモノは変わらないけど、見る角度や状況によって価値が変わっていくさまが面白い。そこから考えた屋号です」

店内にはトーキョーバイクの自転車と、モノとその背景を通じて価値観について考えるきっかけを提供したいとの思いからセレクトされた雑貨、そしてギャラリースペースを設けている。自転車はトーキョーバイクの全9モデルを備え、3歳から乗れるという「little tokyobike」もある。レンタルバイクのサービスもあり、軽やかな乗り心地を1日体感しながら世田谷ミッドタウンの街を楽しむことができる。もちろん修理対応もしている。

見城さんが価値の逆転を感じたというVISION GLASSの話を紹介したい。

「VISION GLASSは生産地であるインドの検品を通過しても、日本に輸入する際に傷物と判断されてしまうものが20%くらいあるらしいんです。これを製造元に掛け合っても“ノープロブレムだ”と言われてしまう。確かに機能的には全く問題ない。そこで日本の販売元さんが考えたのが、すっと傷が入ったものを“サムライ”とか、白いポチがあるものを“一番星”と名付けたり、ユーモアを加えて定価で販売するという手法でした。そういった“ノープロブレム”な製品を“NP品”と銘打って事務所の一角を開放して販売もしているんです。実際にNP品を買いに行って商品を手に取って見てみても、どこに傷があるのかはほとんどわからないんですよ。そうなってくるとせっかくなら傷のわかりやすい製品を探して買って行きたいと思うわけです。いつの間にか、傷ありを探している自分がいました。そういう風にすっと視点を入れ替えられたことに気付き、してやられた!と思いました」

立つ位置や状況が変わることで、モノの価値が簡単に変わるという象徴的なエピソードだ。

「僕はモノを売ることが最終ゴールではなくて、考え方を伝えていきたいんです。『モノの見方を変えると違う価値が生まれる』ということを、同じように楽しんでくれる人を増やしたい。それは対人関係でも同じで、相手の立場に立てばわかることってあると思うんですよね」

nienteでは、オリジナルプロダクトの制作にも力を入れている。例えば漆の濾紙を用いたうちわ。この紙は職人が作業の工程で使う、本来ならば捨てられる紙だが、見城さんのアイデア一つで生まれ変わったのだ。似たようなアプローチでうちわ以外にも、「そばかすグローブ」というネーミングの革の手袋、落ち綿のネックウォーマー、デニム生地のキャップがある。うちわに使われている漆の濾紙(こしがみ)は素材としても販売している。

「僕はこれをうちわにしてみたけど、あなたならどうしますか、と一緒に考えてもらうために素材のまま販売しています。そういった余白があることで考えるきっかけになるじゃないですか。そういったアプローチができるものに関してはしていきたいと思っています」

ギャラリースペースを設けたのは、日々の生活の中でアクセサリーを身につけるように絵を飾ることの楽しさや豊かさを伝えたいと思ったから。展示する絵によってお店の風景が変わるのも魅力だ。

「基本的に『生活を楽しむもの』をチョイスしています。生活雑貨と並行して絵もあるというように、より日々の生活をイメージできやすいように展示したくてこのようなつくりにしてもらいました。いい意味でアートに対するハードルを下げたいんです。昨年は僕から声をかけて展示をお願いしたケースが多かったのですが、今年はもっとオープンに、展示したいという方に使ってもらえたらいいなと思っています」

お店は先日1周年を迎え、2年目に突入した。

「ネットで何でも買えてしまう今日この頃、対面での小売が厳しいと言われている時代ですが、僕は場所があることの可能性を感じていて、あえてその可能性にチャレンジしてみたかった。ものを売るだけじゃなく、誰かの拠り所になったり学びの場になったり、人が集まることで新たなカルチャーが生まれることもある。プロダクトをつくったり、それを伝えたり。いろんな出会いがあって、リアルな反応があって、偶発的に何かがが起こっていくのが面白いんですよね」

雑貨は暮らしを彩り、自転車があることで街を広く楽しむことができる。レンタルバイクを利用する方へは、おすすめスポットも伝える。自身が自転車で巡って集めたショップカードがずらりと並ぶ一角もある。
「nienteとtokyobike」をハブに、世田谷ミッドタウンを楽しむ人がもっと増えていくだろう。

niente と tokyobike
 
住所:世田谷区赤堤2-3-9-101
電話番号:03-6379-1705
営業時間:平日 12:00〜19:00 、土日祝日 10:00〜19:00
定休日:火・水曜
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