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せたがやンソンの音楽 vol.1|Keishi Tanaka

世田谷ミッドタウンと関係を持つ人物が、その街の魅力を紹介するとともに、ミュージックプレイリストを添える『せたがやンソンの音楽』。第1回目に登場するのはシンガーソングライターのKeishi Tanakaさんです。ケイシさんがアテンドしてくれたのは、かつて暮らしていた経堂の街。約10年も住み続けたことで変わってきた街の楽しみ方。その変化について自身の音楽活動のスタンスを交えながら語り、経堂の街で聴いてきた音楽たちをプレイリストにして紹介してくれました。

文章・構成:加藤将太 写真:鳥居洋介

東京で住んだ街は世田谷だけ

夏の暑さが本番を迎えた7月上旬。うだるような炎天下のなか、キャップにサングラス、オーバーサイズのTシャツというラフな格好の男が小田急線経堂駅前に現れた。シンガーソングライターのKeishi Tanakaさん(以下、ケイシさん)だ。

ケイシさんは4月から7月にかけて、アコースティックギター1本を持ち全国37箇所を巡る「ROOMS」という弾き語りソロツアーを終えたばかり。かつて暮らしていた経堂の街を訪れて、自身にとってのホームタウンを案内してくれた。

「当時は経堂駅からすずらん通りを抜けた先のほうに住んでいて、ここは毎日通っていました。東京では世田谷に住んだことしかないんですよ。大学に入学して最初は湘南に2年、それから豪徳寺に引っ越して、卒業するタイミングで経堂といった感じですね。実は経堂のなかで1度引っ越していて、最初は農大通りのほうに2年ほど、トータルで経堂には約10年は暮らしていたのかな」



豪徳寺と経堂を選んだ理由は、ケイシさんがヴォーカルを担当していたバンド・riddim saunterを含め、音楽活動によるところが大きい。バンド初期は、梅ヶ丘にある「クルヴァ・ノルドスタジオ」でレコーディングを行い、『BAR FABRICA』(現在は長野県へ移転)がミュージシャン仲間たちとの溜まり場だったが、ケイシさんはあえて梅ヶ丘ではなく、1,2駅離れた豪徳寺と経堂に生活拠点を構えていた。

「ライブ、リハーサルとか、自分の目的が明確な街には住みたいとは思わないんです。僕にとって、バンドのリハーサルスタジオがある下北沢はほぼ毎日のように行く重要な街だけど、そこに住まずに通うということが重要なんですよ。一人の静かな時間がなくなるのも嫌だし。そういうこともあって山に登るのが好きなのかも。自分がたまに都会の喧騒から離れたがっているのもわかるんです」

自宅の離れにある“防音室”

下北沢でのリハーサル以外では、自宅で曲作りをしたり、個人練習もしたり。自宅では音を出すにも限界があれば、生活空間ゆえに集中して曲を作るのは難しい。一箇所だけでいいから気軽に行けるスタジオはないものか。20代半ばのある日、経堂駅から徒歩数分ほどの場所に「タッドポウルスタジオ」(http://www.tadpolestudio.net/kyodo/)という音楽スタジオがあることを知った。

「駅の近くにこんな穴場みたいなスタジオがあるんだなって。タッドポウルにはAからDまでのスタジオがあって、僕はこのAスタが好き。他の部屋でも十分に個人練習できるけど、なるべく狭いところには入りたくなくて。Aスタは“スタジオに籠もる”わりには解放感があっていい。今でもひとりで使っています。タッドポウルと下北沢を除くと、他に使っているスタジオはありません」


経堂に住んでいた頃、「タッドポウルスタジオ」は自宅の離れにある“防音室”という存在だった。下北沢のリハーサルスタジオに行く時は明確な練習モードだけど、タッドポウルは、リビングと自分の部屋を気分転換に行き来して作業環境を変える感覚。普段使いできるスタジオという位置付けだ。

「ここでゼロから曲作りをするというよりは、家で思いついたものを形にしていたというか。なので、毎回ここじゃなきゃ曲ができないというわけじゃない。そんな頻繁に来ていなくて、去年の11月に3rdアルバム『What's A Trunk?』をリリースしてからはずっとバンドツアーをやっていて。バンドモードになるとあまり来なくなるんです。意識していなかったけど、不思議な感覚ですね」



わざわざ足を運ぶ街はガヤガヤ。普段歩く街は体に馴染むほうがいい

「cafe+gallery 芝生」のオーナー・遊佐一弥さんのインタビュー記事(https://setagayansson.com/people/38)でも伝えたとおり、経堂には農大通りとすずらん通りという2つの象徴的な商店街がある。ケイシさんの出身地は日本最大の面積を誇る北海道。地元のお店と全国チェーンのお店が軒を連ねる風景は、東京のなかで地方や故郷を感じる瞬間のひとつだ。ところが、ケイシさんは商店街に郷愁感を一切感じないという。

「僕の地元の大樹町に関しては、いわゆる商店街というものがないレベルの田舎なので、リンクするところはないですね(笑)。基本的に大樹町は国道に沿う形でお店があるし、それも歩いて行く距離というよりは車で行く距離で、焼肉屋が一軒、ラーメン屋が三軒、コンビニが一軒とかいうレベルなんですよ。でも、逆にそれも良いなとも思いますけどね、東京に住んでいると」

農大通りは東京農業大学の学生を中心に利用するチェーン系の飲食店が多く、つねに賑やか。個人経営のお店が目立つすずらん通りには、和やかな雰囲気が漂っている。駅を挟んで南北に伸びる毛色が違う商店街は、経堂歴が長くなるにつれて、その楽しみ方が変わってきた。

「やっぱり20歳くらいの頃には農大通りに行っていましたけど、30代が近くなるにつれて変わってきたというか。すずらん通りの小さなお店に行くようになって。すずらん通りには昔からやっているお店が多い印象があるけど、おしゃれな雑貨屋さんが増えてきていたりするんですよね。わざわざ足を運ぶほうはガヤガヤしているけど、普段歩くのは体に馴染むほうがいい。そういう感覚があって、農大通りからすずらん通り側に引っ越したところはありますね。すずらん通りからちょっと離れたところには、経堂駅近くに『デリス』という洋食屋があって。料理も美味しいし、ザ・街の洋食屋という雰囲気が気に入っています。『デリス』の隣にある和食屋の『さかもと』も、そのまた隣の『はるばる亭』というラーメン屋もオススメです」



すずらん通りサイドに引っ越してから、商店街に馴染みのお店が出来てきた。たとえば、花なんてまったく興味がなかったのに、今は花屋にふらりと行くようになった自分がいる。

「『HANAMI』に通うようになって店主のヒデさんと仲良くなって、たまに飲みに行ったりもします。ヒデさんは僕よりちょっと年上の兄ちゃんという感じ。花の知識がすごくて、サーフィンもやるような面白い人で。自分の地元で街に根付いた花屋を継ぐってすごく良いなと思う。今の『HANAMI』は移転後の店舗で、以前はすずらん通りの奥のほうにあったんです。『TOKYO ACOUSTIC SESSION』というミュージックビデオの撮影でも利用させていただいて。朝は忙しそうだから、ツアーから帰ってきて時間があるときに久しぶりに行ってみようかなとか、そんな感じですね。他にも少し馴染みがある店がすずらん通りにはあります。北欧雑貨店の『chuffy』の店主のノリさんは、以前飲み屋で友人に紹介してもらってお話するようになったり、『JESTER’S STORE』は数年前の『TWIN SONGS』というTGMXさん(FRONTIER BACK YARD、SCAFULL KING)とのツアー告知用の写真を撮らせてもらったり。なんだかんだお世話になってる店がたくさんあります」




Keishi Tanaka(ケイシ タナカ)

Riddim Saunter解散後、ひとりのミュージシャンとして活動をスタート。2016年に3rdアルバム『What’s A Trunk?』をリリースし、詩集『真夜中の魚』も発売になったばかり。2015年までに、『Fill』『Alley』のフルアルバム2枚の他、詩と写真で構成された6曲入りソングブック『夜の終わり』や、絵本『秘密の森』など、自身の世界観を表現する多様な作品を発表している。細部にこだわりをみせる高い音楽性を持ちながら、さまざまなラジオ局でパワープレイに選ばれるなど、幅広い層に受け入れられる音楽であることを証明。最大10人編成で行われるバンドセットから弾き語りまで、場所や聴く人を限定しないスタイルで活動中。自主企画として、バンド編成の「NEW KICKS」と、アコースティックの「ROOMS」を不定期に開催。

http://keishitanaka.com

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