Gould

井上拓也さん

最寄り駅
豪徳寺

色、かたち、生地や素材も個性的な粒ぞろいの古着たち。きっとここでしか出会えない、一度逃すと再び会えない、そう思った。そんな古着を選ぶ人は、一体どんな目で何を見てきたのだろう。そのスタイルの根源を探ろうと訪ねてみると、思わぬ角度から答えが返ってきた。

文章・構成:山田友佳里 写真:チェルシー舞花

人と違うことが原動力

多様なお店が新旧入り交じる山下商店街を抜け、閑静な住宅街に入ったあたりに建つヴィンテージマンションの1階。オレンジに塗りつぶされた看板と、2つの白い出窓が古着屋「Gould(グールド)」の目印だ。


カウンター奥には店名の由来にもなっている孤高のピアニスト、グレン・グールドのポスターが飾られている。

「特に深い思い入れがあるわけではないんですけど、彼の演奏が好きで、調べていくうちに誕生日が一緒だと分かって。店名としても覚えやすそうだし、これはぴったりだと思いました。たまに『豪徳寺』に引っ張られてか『ゴールド』と読み間違えられることもありますが(笑)」

Gouldは、下北沢の古着屋「hickory(ヒッコリー)」の店員だった井上さんが独立し、2018年11月にオープンした。現在はアメリカで買い付けたアイテムをメンズ、レディース問わず取り扱っている。柄や素材、シルエットからディテールまで、それぞれに珍しいものが並ぶ店内。そのラインナップをあえて一言で言うなら「個性的」ではあるのだが、これといった共通点が見いだせない。聞いてみると、アメリカの古着であることにこだわりはなく、セレクトのコンセプトも特に決めていないのだという。

「かっこよく言えば直感です。ここにあるものは、レディースも子供服も含めてすべて自分が着たいと思っているので、単に売れそうだとか、流行っているものは選んでいません。自分らしさとは何かを一生考えていくんだろうと思っているから、コンセプトを一つに絞ることはしないですが、どこにもない店にはしたいです」

“どこにもない” を目指す姿勢はストアプレイ一つとっても表れていて、学生時代からコツコツとCDを借りてはダビングしてきたMDで音楽を流しているという。さらに今でも毎月15枚ほどジャンルを問わずCDを購入していて、カウンター裏には堆(うずたか)く積み上げられたCDが姿を覗かせる。

「MDを流している店なんて、今はほとんどないでしょうね。多感な頃に聴いていたものも今好きなものも流したいですし、その全てが自分のバックボーンだと思っています。音楽が流せるならフォーマットは何でもいいと思っているので、レコードやカセットにこだわりもありません。予定調和が嫌いだから、音楽も服も行き当たりばったり。僕の原動力は『人と被りたくない』なんです」

何事においても “被らない” を貫き通す。その根源にあるのはパンク精神だ。

「パンクにしろ何にしろ、大きいものへの反発で生まれている文化には影響を受けてきました。服も、強いて言えば1980年代が好き。みんなバカやってるんだけど、予定調和を良しとせず、時代を変える力があったと思うんですよね」

作るにも身に着けるにも意志を表明しやすい缶バッジとTシャツは、特に好きなアイテムだという。いい意味での「バカやってる」ものを選りすぐって取り揃えており、個人のコレクションとしても数が多いのだとか。「こういうユーモアが大切だと思っていて。女の子がこれを着たら最高じゃないですか?」と、Tシャツを一着一着広げながら楽しそうに紹介してくれた。

古着の聖地を離れて

ところで、なぜ日本の古着屋の聖地とも言える下北沢を出て、豪徳寺を選んだのだろうか。

「自分でもよくあれだけいたなあと思いますが、本当は流行っているところが苦手なんです。下北沢ではたくさんの人がいろんなお店を出入りしていて、多くの人に見てもらえるのはありがたかったんですが、品物一つひとつに対する想いをあまり伝えられないままお店を出られてしまうことは残念で。だから、自分の店を持つなら違う場所でと思っていました」

一般的に小売店では、その地域にやってくる人の多さは場所を選ぶ大きな要因であり、購買のチャンスを大きく増やすものだ。しかしそれは井上さんにとって重要ではない。ましてやすでに誰かがやっているなら、自分はやらなくてもいいと思った。

「僕にとっては、大手資本がほとんど入っていなくて、個人店がそれぞれにやっている街が理想です。それが豪徳寺だったし、昔のものと新しいものが混ざり合っているところも好き。当時この辺りに古着屋がなかったこともあって、やるならここだろうと決めていました」

驚くことに、店舗の候補にしていた物件はここだけで、他は下見すらしなかったのだという。

「なんとなく豪徳寺で目星をつけていたときに見つけたのが、この物件でした。元はギャラリーだったんですが、ずっと営業していなかったので、前職を辞める1ヶ月ほど前にふと思い出して問い合わせてみたんです。内観も一目見て気に入ったし、前のオーナーも『倉庫使いしていたけど君ならいいよ』と言ってくださって、譲ってもらえることになりました」

「なんとかなるさ」の楽観的な性格に、世田谷ローカルらしい(?)ミラクルが味方し、開業まではとんとん拍子で進んだ。内装をどう変えるか悩んだが、元あったものはできるだけ生かすことにした。漆喰の壁やレール付きのスポットライト、壁掛けの鏡などはすべて引き継がれたものだ。

内装がシンプルなぶん什器にはこだわり、古着に負けず個性的なものが並ぶ。海外の知育玩具の箱、ブラックライト、和家具等々……。本来の使い方でないものたちが井上さんに見立てられることで什器として新たな輝きを放つ。一度気付いてしまうと気になって仕方がない、そんな遊び心が服だけでないあらゆるところに潜んでいて、こちらから声をかけずにはいられない。

今日、何を着る?

気になると言えば、どうしても聞かずにはいられなかった、本日の衣装について。かなりの意志というか、メッセージを感じるTシャツだ。思い切って選んだ理由を聞いてみた。

「せたがやンソンでは『retouches(ルトゥーシュ)』や『TOKYO DANCE.』などが知り合いで以前から記事を読んでいたので、ここに登場する人たちの並びでこの服の僕がバストアップで並んでいたら面白いだろうと思って。服選びは自分自身の表現でもあるんですが、どう見られるかも考えています。引っ込み思案の目立ちたがりなので(笑)」

単純に服と小物の組み合わせや着こなし方だけでなく、自分が置かれる状況や環境も含めてスタイリングを考えるのだという。

「天気や暦、大袈裟に言うわけじゃなく世界情勢なども考えながら服や身につけるものを選んでいます。一時期は時間が短くなったこともありましたが、今も毎朝1、2時間かけて悩みます。やっぱり僕はこうすることしかできなんだなあと思いました」

今日はどんな一日だろう。世界はどうなっているだろう。どんな人に会い、何を話すだろう。賑わいから離れたところで、井上さんはその日を想って服を選ぶ。

着るものにメッセージを託し、あえて自ら言葉にはしない。それは、身につけることで表明する以上に、見る人に気づかせたり、考えさせたりするためだ。その着方を、自ら選びぬいてきた服を通してお客さんにも提案している。もちろん、ユーモアも忘れずに。

気持ちを売りたい

巷では、服に限らず「考える時間がかからない」「周りから浮かない」「流行っている」といったことが重視され、謳い文句になってから久しい。言ってしまえば、Gouldの服は多くがそういった「着やすいもの」とは逆をいくのだろう。しかしそれらを着ようと考えることは、“便利” の恩恵を受けて省略されてしまったプロセスを呼び起こし、思い込みを解きほぐす。

「僕自身、何か一つでどうにかできるような便利すぎる世の中が嫌いなんです。もちろん東京にいればある程度は便利なものを使わざるを得ませんが、かといってそういったものから離れるために地方に行きたいとは思っていなくて。あえて東京で、流行り物になびく人たちに届いてほしいという気持ちがずっとあります。人の価値観や考え方が突然変わることはないだろうけど、何か少しでも変わったらいいなと思っています」

考えることを省略し、大きな流れに身を任せていったことによって、価値観の天変地異が起こったときにまったく動けなくなってしまう。そのことを私たちは2020年を通して、身を以て体験してきたはずだ。自分で考えて、選んでいく力が必要なのだと。


「右から左へ流れてくる情報ばかり見ていても仕方がなくて、自分で考えていかないと、いよいよ想像力が欠如するだろうなと思っています。究極を言えば、僕は服が売りたいわけではなくて、その気持ちを売りたい。『私は赤が似合わない』と決めつけてしまっていたところを、『実はこう着たら似合うかもしれない』みたいな好奇心や想像力がこの店を通して育てば最高だなって。そういう服を一つでも見つけて、買ってもらえたら嬉しいですね」

自分にとっての落ち着かなさを怖がらずに、まずは受け入れてみる。そうすれば、まだ知らない自分の可能性や、考えてみることの楽しさに出会える。小さな古着屋が、服を着ることから気づかせてくれたこと。

外に出ることも人に会うこともめっきりと減って、服を着ることの意義がこの世から消えそうなときもあった。どうでもいい、気にならない、買う余裕はない、そんな声が周りからは幾度となく聞こえた。だけど服を着ることこそが、内から湧き上がる自らのアティテュードを示せるものであり、また時には強張った表情や背筋の緊張を緩めてくれるものでもあるというのが、これから先も揺るぎない真実なのだと思う。

ただ、意味を持たずに服を着てはいけないということでは決してない。もっと気軽で単純に、見たことも触ったこともないものに出会う楽しさも味わってもらいたくて、Gouldは豪徳寺を選んだのだ。街の古着屋であるということを。

Gould

住所: 東京都世田谷区豪徳寺1-35-3
電話:03-5426-4440
営業時間:13:00〜20:00
定休日:木曜
Instagram:@gould.gotokuji

(2020/10/29)

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