洋服のお直し&針しごと retouches

早水佳名子さん

最寄り駅
宮の坂

早水佳名子さんが営む「ルトゥーシュ」は、洋服のお直しと針しごとのアトリエだ。1軒家をリノベーションしてつくられた、のんびりとして穏やかな、宮の坂エリアらしい面影のある建物。一歩中に入ると、そこには「お直し」から広がる人のご縁と、細やかな気配りの利いたものづくりの世界が広がっていた。

文章・構成:立石郁 写真:服部希代野 編集:鈴石真紀子

服づくりから一歩引いて見えた「お直し」の世界

「retouche(ルトゥーシュ)」とは、そのものずばり、「修正・なおす」という意味のフランス語。
ここでは、服の丈つめやサイズ直しなどのベーシックなお直しから、佳名子さんと相談したり、提案を受けながらワンピースをシャツにつくり直したり、1着の洋服からバッグをつくったりと、思い入れのある服を新しく蘇らせることもできる。


文化学園大学で、服飾を学んだという佳名子さん。しかし、すぐにアパレル系の仕事に就くことはしなかったという。

「服も、縫うことも好きだけれど、新しい服が次々に作られている世の中で、これ以上私が服を作る必要はあるのかな? と疑問があったし、『この職に就きたい』という決定的な何かが見つからなかったんです。でも、なにか『手を動かしてつくること』はしたいと思っていて、卒業後は農家の手伝いをしてみたり、飲食店でアルバイトしたりしていました」

「洋服の販売の仕事をしていた時に、お店に出入りしていたお直し屋さんを見て『こういう仕事があるんだなぁ』と知り、知人から服のリメイクを頼まれてやっているうちに、『お直しなら、既にある服を活かすことが出来て、色々な服を見たり縫ったりできるんだ』と気づいて、私にはぴったりだと思ったんです」

そうして、服のお直しの仕事をひとりで始めたのだそう。


「レディースの服づくりのことは知っていても、直したことって全然ありませんでした。今となっては、よくひとりでいきなり始めたなあと思います(笑)。

ある時、紳士服のお直しを受けて中を開いてみたら、レディースの服とぜんぜん違って。本だけでもわからなくて、テーラーの学校に行きつつ、メンズの服のことも学びました。そんな風に勉強しながら経験を積んでいきました」

始めてからの5年半ほどは、アルバイトをしながらお直しをする日々。
アルバイト先のレストランでお客さんからお直しの依頼を頂いたり、古着屋のお直しを受けるようになり、2011年の終わり頃、祖師ヶ谷大蔵にアトリエをオープンさせた。

当時の様子は、「世田谷ミッドタウンに暮らす人」としてこの「人びと」でインタビューをさせていただいたこともある。

現在ルトゥーシュがあるのは、東急世田谷線「宮の坂」駅からほど近い路面の物件。
門前では、道行く人が「ここは、なんのお店?」という顔で立ち止まっては、門にあつらえてあるショップカードを見て、納得した顔でカードを持って帰る…といった感じで、老若男女の目を惹く明るいアトリエだ。
インタビューの際に一緒に登場してくれた博之さんと結婚し、2017年に移転して約1年半が経つ。

「以前とはお客さんの流れが変わりました」と佳名子さんは言う。
「前のアトリエは細い路地の住宅街の中で、外からは中の様子がわからない建物だったので、お客さんは人の紹介で訪ねてくれる人か、勇気あるご近所さん。
出張サービスをしていたので、私がお客さんのお宅へお直しを取りに行って、直してお届けすることも多かったです。

今の場所になってから、通りがかった人がお直しを依頼してくれることがとても多くなって。そういう意味ではお客さんを迎え入れる体制ができた、ということなのかな」

「この場所は、お客さんのお宅へ出張に向かう途中に見つけました。
いいなぁと思いながら何回か前を通って、しばらく空いたままだったので、不動産屋さんに聞いてみたんです。
アトリエとして借りられるということで、オーナーさんに掛け合ってもらって、中もリノベーションさせてもらえることになりました。」

借家をリノベーション。アトリエも、「お直し」がキーワード


床から壁・天井まで新しくしたという内装のリノベーションは、このエリアで佳名子さんの好きなお店の一つである「Rungta」にお願いしたそう。
“新しい”と言っても、天井にインドのアカシアを使うなど、味のある材や古材を中心に使用。
和室の床やクッションフロアだったものをひと続きにして板を張ったりと、佳名子さんが「こんなこともできるんだ!」と驚くようなリノベーション術だったそう。

まさに、すべてが「お直し」の神様に導かれるような佳名子さんの身のまわり。
アトリエのインテリアも、基本はリサイクルショップで見つけたものや古道具、譲ってもらった家具などが中心だ。

「使い古されたものを手入れして、新たな使い道を考えることが好きなのは、インテリアも服も同じですね」


ひとりからふたりへ。仕事は、公私混同が楽しい

現在では博之さんとふたりでルトゥーシュの仕事を受け持っているほか、「Ruribitaki(ルリビタキ)」という名前で、革と布の針しごとのユニットとしても活動する。

「ルトゥーシュの仕事は、得意分野によって作業を分担しています。彼は元々、デニムのリペアや古着に詳しくて、そういった直しは彼にやってもらうようになりました。

Ruribitakiでは、革を使った制作もしていますが、革って、お直しに通じるところがあるんです。
植物タンニン鞣しの革を好んで使っているのですが、それは、経年変化を楽しめるから。
お直しも革も、使いながら時に手入れをして、徐々にその人に馴染んでいく。時を経てその人らしく変化していくことに面白さを感じていて、その部分は共通しているなぁと思います。」

夫婦で一つの仕事をすることについて、佳名子さんは「今のところ、公私まぜこぜで良い感じです」と話してくれた。

「仕事も生活も一緒だと、ご飯を食べながら仕事の話ばかりになってしまうこともあるけれど、ストレスにならなかったらそれで良いと思ってます。辛くなったら変えたら良いや、と。
ふたりで出かけた先でお直しの材料を見つけたり、体験したこと、出会った人から仕事のヒントを得ることもたくさんあるんです」

人のご縁で見出す、働き方、生き方のヒント

Rungtaに内装仕事をお願いしたのも、もともとRungtaが好きだったから。

「Ruribitaki をやるきっかけを作ってくれたのは、Rungtaさんでした。
Rungtaが好きでお客さんとして通っているうちに、仲良くなって、ものづくりを依頼してくれたんです。
そこから、『せっかくふたりとも縫えるのだし、ユニットにしてみたら?』と言ってくれたんです。

それまでは、私は一人でお直しすることに慣れていたし、彼も彼で作りたいものがあるだろうし、お互いに縫えるけど、別々で良いかなと思っていて。
きっかけをもらって一緒にやってみて、だんだんとふたりで作業に向かうことが自然になりました。

今このアトリエで、こうしてふたりで縫い物してることって、Rungtaさんなしには実現していなかったなぁって思います。ありがたいです」

また、佳名子さんがお直しの傍らアルバイトしていたレストラン「タケハーナ(2011年に閉店)」でも、今に至るたくさんのヒントを得たという。

「店主の竹花いち子さんの作るお料理も、タケハーナというお店も、どこを切り取ってもいち子さん独自の組み合わせがありました。それがいつも、かっこよかった。
自分がいいなと思うことも、なんか違うなと思う感覚も誤魔化さずに、ちゃんと『好き』
を選んで、それを自由に組み合わせて生きるのって楽しいよってことを、タケハーナで教えてもらえたと思ってます。

お店のアイドルタイムに、お直しの受付の看板を出させてもらったりもしました。
まだアトリエのなかった私には、お客さんと出会う大切なきっかけで、そこで知ってくれた人が、直したいものがあるからとお家に招き入れてくれることも度々あったんです。
そこで良い洋服、面白い服をたくさん見せてもらいました。

それはお客さん一人ひとりのタケハーナへの信頼があったからこそなので、それを裏切ってはいけないという気持ちも手伝って、未熟ながらも懸命にやれたんだと思いますね。

この時期、いち子さんはじめ、たくさんの人に育ててもらいました。その頃のお客さんが、今も連絡をくださることもあって、とても嬉しいです」

「この宮の坂・豪徳寺エリアにも個人でお店を営んでいる人がたくさんいて、たっぷりと良いものを受け取っています。30年、50年営んでいるお店があったり、若くて元気な商店もある。

同世代でとっても美味しい食事やお菓子を作っている人たちがいて、お世辞抜きに、良いお店が近くにあって嬉しいなぁと思ってます。
新しいお店が増えてる流れもあって楽しくて、ついつい、この界隈の居心地が良くて、出不精になりがちです(笑)」

もちろん、アトリエに来るお客さんからもいい影響を受けるという。
「お直しの相談をしてくれる人って、生活の中で“良いもの”を大切に使っている人が多いという印象があります。
中には、家族の形見として受け継いだ大切なお洋服も多くあって、『直す』ということの意味をより強く実感する機会も多いです」

お客さんからのリクエストは、丈つめや肩幅の直しのほかに、「この服、どうもしっくりこないけれど、どうしたらいいですか?」というお悩みの相談も多いのだそう。

「例えば、体に対して袖が太かったり長すぎると、いわゆる『服に着られている』ような見え方になってしまいます。襟が広すぎたりしても同様ですね。袖を細くしたり丈を直したり、襟は小さくしたり外したりして、その人に合うバランスを探るとしっくりくると思います」

そうして、お直しの世界でずっと活動してきた佳名子さん。夫婦で活動するRuribitakiの名義では、「自分が着たい服をつくりたい」という気持ちもあるのだそう。

「ふたりで縫うようになって、ようやくしっかりと”服を作ってみよう”という気持ちが芽生えてきました。オーダーがあれば作っていたけれど、着てくれる人が見えないと作ろうと思えなかったんです。なので、まずは自分たちの着たい服を作ろうと思っています。

”お直し”でいこうと思ったことの一つに、『環境になるべく負荷をかけないこと』が頭の中にありました。服を増やすより、あるものを生かしたいという気持ち。
その気持ちは今もあるので、これから服を作るとき、何を使って、どんな服を作ろうか…まだ模索しているところです」

「私にとって、”お直し”って人とのコミュニケーション方法のひとつなんだと思います。いきなり自分のことを話すのは得意じゃないけど、お直しのことだったら話しやすい。お直しを入り口に、お客さんと仲良くなったり、友達からお直しを頼まれて久しぶりに会えたり。仕事なんだけど、仕事以上のものだなぁと。
”お直し”をする意味が私の中にあるから、これからも続けたいと思っています」

佳名子さんがさまざまな人に影響され、ヒントを得て今に至ったように、佳名子さんのものづくりが“発信地”となって、世の中に何かを問いかける日も近そうだ。

洋服のお直し&針しごと retouches(ルトゥーシュ)

住所:東京都世田谷区豪徳寺2-20-3
営業時間:12:00~18:00、土日9:00~18:00(予約制)
定休日:月曜、火曜

Facebook:@retouches.onaoshi

Instagram:@retouches_kanako

 

※2022年に閉店
(2019/03/08)

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