ハルカゼ舎
間瀬省子さん
経堂・すずらん通りに佇む小さな文房具店「ハルカゼ舎」。ハサミの絵を添えた手書き文字の看板に迎えられ店内へ入ると、ところせましと並ぶ国内外の多彩な文房具に心が躍る。同時にかすかな感傷もにじむ。「みんな子どものときは鉛筆を使っていましたよね。消しゴムやノート、定規も。文房具はだれもが共有している思い出のアイテムなんです」—— 店主の間瀬省子さんの言葉に納得。そんなピュアな思い出をアテに、文房具のこと、ハルカゼ舎のことを語っていただいた。
文章・構成:粟田佳織 写真:松永光希
おしゃれで可愛い小さな文房具屋さん
「文具女子」なんてカテが確立したり、若い人たちを中心にアナログ回帰のブームが起きたりと、アナログの象徴ともいえる文房具がここ数年新たな注目をされているらしい。でもそうした世の中の流れとは関係なしに、「ハルカゼ舎」は2009年のオープン以来、粛々と文房具を扱ってきた。
どの街にも必ずある昔ながらの文房具屋さん……とは少し趣がちがうものの、小学生用の定番アイテムや受験専用の文具なども揃うし、会社や家で活用するノートや筆記具も扱う正統派の文房具屋さんだ。ヨーロッパからの輸入品にはフォトジェニックなアイテムもあるが、基本は文房具として使えることが大前提。
「オープンする際に国内の問屋さんをあたったのですが、新参の個人店とは取り引きをしていないと言われて。文具の定番メーカーさんの商品を入荷できないことがわかったんです。ガーン……ってなりましたね。さてどうしよう(笑)。ネットで調べてみたら海外のアイテムは比較的簡単に輸入できることがわかったので、ひたすら調べてコンタクトをとったんです」
ドイツやイギリス、チェコ、ハンガリーなど、ヨーロッパのメーカーを中心に商品を入荷。とりわけ文房具大国といわれるドイツの商品はデザイン性・機能性ともに高く、日本人が使いやすいものも多い。一方で国内の小さなメーカーとの取り引きも始め、大手とはまた異なる魅力的なアイテムを揃えた。
「半年ほど経った頃、人を介して日本の問屋さんとも取り引きができるようになったんです。でもそれまでに扱ったヨーロッパや地方のメーカーのラインナップがいまのハルカゼ舎の方向性を決めたような気がします。日本の文房具は機能性という意味で世界的にも評価が高いので大手メーカーの商品ははずせないのですが、機能だけじゃない魅力へのニーズや反響を実感していたので。デザインとか色とか、ペンケースに入っているだけで高まるモノってありますよね」
以来約14年間、流行やブームも適度に反映しつつ営業するうちにハルカゼ舎のカラーがほぼ確立し、お客さんのニーズもはっきりしてきた。
「子どもたちには純粋な文具ですね。日本製だけでなく消しゴムやシャープナーなどはヨーロッパのキッチュな雰囲気の商品も人気です。子どもの頃、人とちがうものを持っているのって得意な気分になりましたよね。女性は紙モノと呼ばれるカード類や付箋、ラッピングペーパー。シニア層はノート、ペン、万年筆など。高齢者が質のいい文房具を求めるというのが、経堂という土地柄のような気がします」
商品に囲まれているとどれもこれも欲しくなる。実用的な文具はもとより、イラストカードとか絵の具セット、用途がよくわからないけれど可愛いモノなど。おしゃれ文房具とは言っても高級品やとんがったものは少なく、子どもや学生のこづかいで買えるものがほとんどだ。
文具女子たちの人気も当然高まり、休日などは遠くから足を運ぶ人も多いという。
「YouTubeやTikTokなんかで取り挙げてくださっているようで、それを見て来るお客様もいます。私は見たことないんですが(笑)」
来る人を選ばないお店
ハルカゼ舎を始める前は中南米雑貨店で働いていたという間瀬さん。チェーン展開するなかで自由が丘や渋谷店などに勤務。橋本店ではフランチャイズオーナーを務めた。
「もともと60〜70年代の音楽が好きでヒッピー文化などに興味があったんです。その流れでエスニックにもスンとはまりました」
店では仕入れから発注、接客とすべて行った。仕事は楽しく、やりがいを感じていたが十数年経ったあたりで別の可能性というのを考え始め、ちょうど会社の体制が変わったことを機に退職。橋本店でのオーナー経験を経たことで、自分で店をもつという夢が現実味を帯びていた。
「何のお店にしようかと考えたときに、『人を選ばないお店』というのが頭に浮かびました。前のお店がそうだったんです。エスニックって小さい子からお年寄りまで買い物していただけるんですよ。お洋服やバッグなんかは10代の子と70代のおばあちゃまが同じモノを選ぶこともあるんです。そう考えたときに文房具が思い浮かんで」
文房具のお店を出そうと決め、早々に物件探しを始めた。初めてひとり暮らしをしたのが明大前でその後もずっと近辺に住んできたこともあり、世田谷での出店を考えていた。こだわったのは1階にあること。
「外から中が見えるようにしたかったんです。どんな雰囲気でどんなモノがあるのかすぐにわかるように。入りやすくなるよう敷居を下げたいというか。ここは1階で大きな窓があって理想どおりだったので決めました。内装などは可能な限り自力でやりました。友人たちが手伝ってくれて床板を貼ったり照明を通してくれたり。あとはリサイクルショップなどで棚を購入して。本当に手作りのお店なんです」
間瀬さんが春生まれだったこと、ハルカゼという響きがよかったことから店名は「ハルカゼ舎」に。会社を辞めてから約半年後の2009年1月にオープンした。
「最初の1年くらいはすごくたくさんの方が来てくださいました。でも徐々に落ち着いてきて、そのうちに、あれ? 暇だな……と(笑)。暇が定着してきてこのままだとまずいと真剣に悩み始めた頃に『日めくりカレンダー』が誕生したんです」
出会いがもたらしたオリジナルアイテム
ハルカゼ舎といえば「日めくりカレンダー」を思い出す人も少なくない。5cm四方の小さな日めくりに、間瀬さんによる短い文が毎日記されている。『冷たい畳に寝そべる日』とか『蝉時雨とうたた寝の日』など、くすっと和んで、ちょっと元気になれそうなひとことだ。2011年から発売し、口コミでじわじわと広まって今では9月頃から始まる予約が殺到するほどのロングセラー、まぎれもないアイコンアイテムだ。このきっかけを作ってくれたのが当時近所にあった「芝生 GALLERY SHIBAFU」(現在は吉祥寺に移転)の遊佐さんだという。
「芝生さんがオープンするときに『カレンダーフェア』をやりたいと誘ってくれたんです。イラストも描けないしデザインもできないけれど、楽しそうだなと思って日めくりを提案したら賛同してくれて、一緒に作り始めたんです。彼はデザイナーなのでいろいろアドバイスをいただけたのもよかったです。フェアに出展して人の目に触れて、そこから始まりました。いま、ハルカゼ舎があるのは『日めくりカレンダー』のおかげです」
遊佐さんに限らず、ご近所の多くの仲間たちに支えられてきたのだと、間瀬さんは言う。
「お店をオープンして最初に親しくなったのが『ロバロバカフェ』(現在は山口に移転し『ロバの本屋』として営業)のいのまたさんです。いま、経堂のすずらん通りがにぎわっている礎を築いた人だと思っています。まだ知り合いもいないときに彼女と出会えたことはとても幸運でしたね。近所のバー『大田尻家』に連れていってもらい、そこでまたたくさんの作家さんやアーティストの方と知り合いました。刺激をいっぱい受けて、自分も頑張ろうと思えたんです」
自分のことを人見知りだと言いつつ、だからこそ人に対して壁を作らずに接するように心がけていると語る。多分、そうした気持ちは相手に伝わっているだろうし、相手も心を開いてくれるのかもしれない。
日めくりカレンダーに続くハルカゼ舎の人気商品「コトバえんぴつ」「鉛筆キャップ」も、周囲の人との交流で生まれたオリジナルアイテムだ。
「ある作家さんがご自身の言葉を入れた鉛筆を作っていて、素敵だなと思っていたらすぐにメーカーを教えてくださったんです。嬉しいですよね。でも自分の言葉はちょっと無理と思い、使用許可のいらない文豪の言葉を入れました。おかげさまで人気商品になって、レザーキャップと合わせて購入してくれる方が多いんです」
いのまたさんを介して知り合った人のなかに雑貨屋「stock」のオギハラさんもいる。とくに彼女が経堂にお店をオープンしてからは、日を空けずに時間を過ごしているという。雑貨屋と文房具屋、かぶるアイテムもあるが、ライバルではなく切磋琢磨しあえる心強い仲間なのだそうだ。
「遠くから遊びにきてくれる子たちは、うちに来て次に『stock』とハシゴする子も多いみたいです。オギハラさんとはいろいろな話をします。新型コロナのときも『どうしようか?』『がんばろう』と励ましあって、乗り切れました。彼女がいなくなったらどうしようと……それが心配です(笑)」
商店街の仲間たちのほかにもさまざまなきっかけで知り合ったクリエイターがいて、ハルカゼ舎でその人たちの作品を販売している。紙モノや絵本、カードなど人気のアイテムが多く、いまやお店の世界観を構築する重要なピースとなっている。
いつまでも変わらずに在り続けたい
「これまででいちばん嬉しかったことは“出会い”につきます。お店を始めなければ出会えなかった友人やお客さまたち。本当に日々助けてもらっています。私のようなとりえのない人間がなんとか続けてこられているのは出会いのおかげなんです」
そう言っているけれど、間瀬さんだってほかの人の助けになったり刺激を与えたりしてきたのではないだろうか。そうやってみんなでチカラを合わせて支え合ってきた時間が今の経堂やすずらん商店街、ハルカゼ舎へと続いているような気がする。
ハルカゼ舎のサイトのトップやショップカードに使われているイラストは、オープン当初にお客さまの息子くんが描いてくれたものなのだそう。
「とても素敵な絵でしょう? 当時は小学校2年生の少年だったのに、数年前に久しぶりに来てくれて、すっかり大人っぽくなっていました。『彼女へのプレゼントを探している』とか言っちゃって。ああ、時は流れているんだと実感しました」
街も人もつねに変化するなかで、変わらずにあり続けたい、安心感を感じてほしいと間瀬さんは語る。街から出ていった人が久しぶりに来たときに「まだやっていた」と思ってもらえたらうれしいと。
「お客さまに文具や作家さんのグッズを紹介し、販売する。その繰り返しが店を作り育ててゆく。自分はあくまでもそのお手伝いのような感覚。それは年月が教えてくれたことのひとつかも知れません」
ときにスマホを置き、街の小さな文房具屋さんに身をおいてみてはどうだろう。懐かしかったり、新鮮だったり、心躍る何かと再会できるかもしれない。
ハルカゼ舎
住所:東京都世田谷区経堂2-11-10
営業時間:12:00~18:00
定休日:火曜、水曜
ウェブサイト:https://harukazesha.com/
Instagram:@harukaze_sha
Twitter:@har_ukaze
(2022/07/28)