料理研究家

植松良枝さん

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用賀

素材のおいしさを存分に生かしたお野菜レシピをメディアで紹介したり、さまざまな飲食店のメニュー開発をしたりと、料理にまつわることで幅広く活躍されている料理研究家の植松良枝さん。ここ15年は世田谷区にお住まいで、コロナ禍にはご自宅の近くに畑を借り家族で食べる分の野菜作りもはじめたそう。今回は、植松さんの気持ちのいい暮らし空間におじゃまして、日々のこと、食のこと、日常で大切にしていることについて、お訊きした。

文章:内海織加 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

食材のおいしさを存分に楽しむシンプルな料理

リビングにおじゃますると、木や落ち着いたカラーリングで構成された空間の中で、生命力溢れる野菜が異彩を放っていた。しっかり肉厚なピーマンやかわいらしいミニトマトに花付きのエゴマやワイルドな枝についた唐辛子など、形も大きさもいろいろで、それがむしろ元気に育った証拠のように思える。これらは今年最後の夏野菜だそう。こうして、畑は季節の野菜を楽しみきって、また秋植えの野菜を植えていくのだ。

「コロナ禍になって間もない頃、縁あって世田谷の一角を貸していただけることになったんです。外出も制限されて世の中が少しセンシティブになっていた時期は、約1ヶ月間SNSからも距離を置いて、毎日畑に出向いては開墾していました。それ以来、ピーマンやトマトなどお馴染みの野菜をはじめ、ルッコラなどのイタリア野菜やお料理に使えそうなハーブなど、いろんな種類を少しずつ育てています。子どもの頃から家族で食べる分の野菜は家庭菜園で作るのが当たり前だったので、私にとって畑仕事は特に変わったものではなく日常の一部。でも、毎シーズン同じではなくて、必ず新鮮さや新たな発見があっておもしろいんですよ。収穫した野菜を触りながら、新しいレシピを考えることもしょっちゅうです」

東京に住みながら家庭菜園などを楽しむのは一見難しいようにも思えるが、植松さんのように野菜を育てて季節を感じ、採れたての野菜で料理を楽しむ姿を見ると、ベランダの一角でプランタを使った野菜作りをはじめてみようかな、なんてまんまと触発されてしまう。

「今年最後のミニトマトはパスタでいただきましょう! このトマト、小ぶりだけど味が濃くて」と彼女はキッチンに立つ。壁にかかった鍋のひとつをサッと取って早速パスタを茹ではじめ、その間にアルミの大きな器にカットしたミニトマトとオリーブオイル、そしてカラスミパウダーを贅沢に入れた。

「カラスミって高級食材ですけど、これさえあればすぐにご馳走が作れるからおすすめ! このパスタ、技はいらないの!」と具材のみ入った器をテーブルへ。

そこに、茹で上がったパスタを鍋から移して、「セレブパスタになっちゃうけど大丈夫?」とチャーミングに笑いながら、目の前で手際良く和えてゆく。最後に、爽やかに香るイタリアンパセリを散らして出来上がり。あっという間に美しく仕上がる様子は、まるで魔法のよう。

植松さんから生まれるお料理は、ごくごくシンプル。それでいて、その組み合わせやおいしさに新鮮さや感動があるから、思わず唸ってしまう。

「家で食べるなら、パスタやオリーブオイル、お塩なんかもちょっといいものを使えるでしょ。技のいらない料理ほど、食材で楽しみたいんです」

旬の一品を主役に立てて思う存分季節を味わう

パスタと一緒にもう一品出してくださったのは、きのこのポタージュ。材料は、旨味が出る舞茸、椎茸、マッシュルームを主役に、玉葱と牛乳、塩麹とバターのみ。淡く美しいグレージュのポタージュに、その日はオリーブオイルを少しだけ垂らした。テーブルに並べられたパスタとポタージュを目の前に、思わず「きれい……!」と声が出た。早速スプーンで掬って口には運べば、身体の隅々にまで秋の薫りが届くかのよう。

「昔から、何種類もの食材を使っていて、結果的に何を食べているのかわからないっていうのが好きじゃないです。八宝菜も、八宝もいらないよ! 白菜と肉でいいじゃん! て思っちゃうタイプ(笑)。今はきのこを堪能しているなとか、栗を味わっているなとか、“これを食べてる”っていう実感が欲しくて」

確かに、作ってくださったお料理は、主役がちゃんとステージの真ん中にいる感じがする。そして、他の食材が主役を引き立てているような、そのコンビネーションがまた絶妙だ。

「レシピで最も気を付けているのは、主役の味が消えていないか、ということ。このポタージュもきのこの味を消さないように玉葱の分量を検討しましたし、出汁を使うものはその引き方を調整することもあります。今は、昔作ったレシピを見直す時期。なくても十分なのに入れてしまっていた食材や調味料を引き算して、今のベストなレシピに更新しているところです。ちなみに、茹で小豆と生クリームで作るアイスクリームがあるのですが、これは15年前には某アイスクリームも材料に加えていました。一度、昔のレシピで作ってみたら、なんだか若い味がしましたね(笑)」

ひとつの食材をしっかり味わいたいという気持ちには、季節をしっかり楽しみたいという想いも含まれる。

「私生活では極力、季節じゃない食材は買わないようにしています。やっと出たね!待ってました! という感じで旬の食材を買いたいんです。旬をとことん味わって季節を終えると気分がいいですし、しっかり味わい尽くせば自然と次の旬のものが食べたくなります。日本は食材が豊富だから、こういう気持ちで季節と向き合っていると、暮らしに心地よいメリハリとリズムが生まれてくるんです。」

暮らしの中に暦や行事を意識する豊かな感性を

季節を先取りしてレシピを作ることも多いはずだが、私生活ではその季節をリアルタイムで存分に楽しみ、新鮮に旬を味わっている植松さん。決して慣れることなく、常にクリアな感性でいることができるのはなぜだろう。ストレートにお聞きしてみると、「子どもの頃から年中行事が好きなんです!」と彼女。聞けばご実家ではお盆はもちろん、お月見、恵比寿さん(十日恵比寿)など、昔ながらの行事を大切にされていたのだとか。小さい頃から身近だった行事ごとへの関心が、植松さんの“土”となっているのかもしれない。

「祖母と母が台所の2トップ。だから、行事にまつわる料理を作るときも、私は専ら下働きでしたが、お盆では茄子で馬を作ったとか、お月見には里芋の味噌汁が恒例だったとか、食べ物にまつわることはよく覚えています。当時から食への関心があったのでしょうね。食い意地が張ってた、とも言いますけど(笑)。今は子どもの時ほど行事はできていませんが、できることから取り入れて残していきたいです。そういうものを大切にする感性があれば、暮らしは豊かになりますから」

10年ほど前から、古くから日本に残る暦にも注目するようになったという。そのきっかけは、意外にも海外旅行だそう。

「学生時代からベトナムもよく行きましたし、バスク地方に何度も足を運びました。海外旅行は好きなので、いろいろな国に行きましたね。海外に行くとその土地の料理や建物に刺激を受けますが、逆に日本の良さをあらためて感じることも多いです。海外では日本のように水道水をそのまま飲めるところは多くありません。日本は水が豊かだからこそ、出汁を取る食文化が根付いているんですよね。他国の文化に触れて、日本人としてのアイデンティティや日本の文化を意識するようになったときに、あらためて和暦を勉強したくなったんです」

「日本の季節は四季と言いますが、昔の人は土用をひとつの季節と捉えて、五季と認識していたんです」と教えてくれた。土用とは、立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間を指す。季節の変わり目で体調を崩しやすいことから、新しいことをはじめたり旅行に出かけたりするのもタブーとされていたそう。この土用こそ、現代でも意識してほしいと植松さんは話す。

「土用は、季節が極みに向かうタイミング。旬のおいしいものも出揃ってくるので、家で食事を楽しむのにもいい時期です。引っ越しなど大きな動きはやめてゆったり過ごそうとか、胃にやさしいものを食べようとか、少し意識するだけで、地に足のついた暮らしができるようになります。普段は西暦で動いている私たちですが、アナログとデジタルを両方使うような感覚で和暦も意識していくと、肌感覚で季節に沿った過ごし方ができるようになりますよ」

料理だけでなく発見や発想を持ち帰って欲しいから

彼女が長く続けている活動のひとつに料理教室がある。初期は伊勢原のご実家の倉庫を改装して行っていたそうだが、現在は会場を世田谷のご自宅に移して定期的に開催している。料理教室というと、当然料理を教わるものかと思いきや、伝えたいのは料理の“正解”ではないのだとか。

「どういう想いで作ったのか、なぜこの時期にこの組み合わせなのか、ということまで、メディアのレシピ紹介で伝えるのは難しいんです。だから、教室では、料理の作り方と共に、それにまつわる話を聞いてもらったり、実際に食べていただいたりしながら、音楽のライブみたいに五感で私の料理を感じてもらえたらと思っています。テーブルセットや器の選び方も、何か発見に繋がったらいいなと思いますし、暮らしの豊かさを体現している場として、アイデアを持ち帰っていただけたら嬉しいです」

料理教室のレシピで使う食材も、実は熱い想いがある。
「雑誌などでご紹介するレシピでは、メジャーなキャベツやナスやジャガイモなど、所謂スター食材を主役にすることがほとんど。でも、そこまで目立たなくても季節感があっておいしい野菜はたくさんあります。例えば、ウドとかフキとか。そういうものを使ったレシピをメディアでご紹介できないことで、下処理も含めて食べ方がわからない人が増えると、その野菜が売れなくなって10年後には市場から消えてしまうかもしれない。それはあまりにも悲しいので、教室ではそういう食材を使った料理も積極的にご紹介したいんです」

食卓では子どもがいるからって妥協しない

随所にセンスが散りばめられた空間だが、よく見ると壁にお子さんの落書きの跡があったり、工作物が飾られていたりするのがなんとも微笑ましい。用賀暮らしは15年と長いが、お子さんが加わったことで、今までよりもずっと世田谷の良さを痛感しているのだそう。
「用賀繋がりで『Tree of Life』のお二人とも仲良くさせていただいて、一緒にオンラインレッスンを企画したり、ノルディックウォーキングインストラクターの黒木公美さんとは砧公園や世田谷の街を一緒に散策したり。今までも世田谷を満喫しているつもりでしたが、子どもを持ったことで、さらに世田谷っていい場所だなぁと感じています。図書館や公園など施設がたくさんありますし、川や自然も近くにありますしね。ここ数年は、ご近所付き合いがいい意味で密になって、干渉はしないけどお届けものをしあったりする感じも、昔のご近所付き合いみたいで心地いいんです」

子どもが産まれて、暮らし方や日々の感覚にも変化はあったのだろうか。
「ものすごく変わりましたね! それはもう、生まれ変わったというほどに! 子どもとの暮らしで、今まで自分の中にあったルールが変わった部分もあります。今まで見向きもしなかった動物形のチョコレート菓子も食べるようになりましたし(笑)」

センシティブになるのではなく、部分的には楽しさを優先するというところに、彼女の気持ちのいいスタンスが表れている気がした。きちんとしながらも、そこに程よい余白があるような。

ところで、子どもとの日々の食事はどうしているのだろう? 多くの家庭では、辛いものや苦いものは避け、子どもの味覚に寄り添った献立になりがちだが、食を楽しみ大切にしてきた彼女が、家族で囲む食卓をどんなふうに考えているのか気になった。

「我が家では“大人の食は乱さない”がモットーです(笑)。先日も、おいしい葉野菜があったからオイル系の辛いパスタが食べたくて。こういうのって全体的にじんわり辛くないとおいしくないでしょ。後から唐辛子をかけてもダメ。だから、子どものご飯は別のメニューを作って、大人は妥協せずに辛いパスタを楽しみました。忙しくなると登場するカレーも、途中までは一緒に作ってルーで分けます」

大人が子どもに合わせて我慢しない。それも、家族みんなが心地よく暮らしていくための知恵。多少の手間はかかっても、自分の食べたいという欲求を叶えていくのが彼女の流儀だ。

「もしよかったらデザート、いかがですか?」そう言うと、再びキッチンへ。「このお菓子は、とにかく簡単だから目を瞑ってもできるの!」なんていたずらっぽく笑いながら、小さなココットに入ったヨーグルトのクラフティに搾りたてのすだち果汁を使った甘酸っぱいシロップを垂らし、仕上げにすだちの皮をササッと削って振りかける。口に運ぶと、やさしい甘さと共に柑橘の爽やかな香りが吹き抜けた。

パスタもポタージュもスイーツも、いただいたお料理はすべて、器に美しく収められた季節そのものであり、味覚が連れて行ってくれる旅でもあった。だから、お腹が満たされるばかりでなく、こんなにも心がふくふくとするのだろう。植松さんが教えてくれるレシピは、移り行く季節と共にある毎日が、いかに楽しく豊かなものかを教えてくれる。そして、手が届く未来をほんの少し明るく照らしてくれる気がする。さぁ、明日は、どんな季節を味わおう。

植松良枝
「旬」を大切に、季節感あふれる一皿、食材のおいしさを堪能する一品を提案する料理研究家。 近年は、料理に限らず自身の心地よい暮らし方などを発信している。世田谷区用賀にて料理教室を主催。 著書は「ヨヨナムのベトナム料理」文化出版局、「春夏秋冬 土用で暮らす」主婦と生活社、「春夏秋冬 ふだんのもてなし」KADOKAWA、「バスクバルレシピブック」誠文堂新光社 など多数。

ウェブサイト:https://linktr.ee/yoshie_uematsu
Instagram:@uematsuyoshie

 

(2022/10/27)

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