CAMEL

間宮洋一さん、田中裕亮さん

最寄り駅
上町

上町駅からバス通沿いを歩いて約7分。コーヒー屋さんも花屋さんも老舗の自転車屋さんも通り過ぎ、街の賑やかさがふっと穏やかになったあたりで、キーマカレー専門店「CAMEL」の目印、きらりと輝くKEEMA CARRYの文字が見えてくる。洗練された建物のデザインか、ガラス越しに見える内装か、それとも漏れ出てくる店内の雰囲気なのか、この店を訪れると日本ではないどこかの国にいるような不思議な気分になる。カレーを食べる前から心が動き出すあの感じはなんだろう。この店を営む二人にお話を訊いて、その理由がほんの少しわかった気がした。

文章:内海織加 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

店づくりの全てをデザイナー自ら行った、キーマカレー専門店

少し重みのある扉をゆっくりスライドさせてCAMELの店内におじゃますると、程よく差し込む光が壁の木目とカウンターの大理石を照らしていた。空間全体に気持ちよく融合するさまざまな素材と抜け感のあるラタンの椅子、美しく畳まれたカーテンが、クラシックなホテルのラウンジのような雰囲気を醸し出して、メニューを見る前からうっとり心が満たされはじめる。

それもそのはず。このお店を営むのは、インテリアデザイナーの間宮洋一さんとグラフィックデザイナーの田中裕亮さん。内装にもショップカードやメニューなどの印刷物にも細部にまで想いと血が通っている感じがするのは、デザインを生業にする二人による空間だからだろう。興味深いのは、デザインやプロデュースのみをしているのでなく、メニューの考案から運営まで、店作りの全てを自ら行っているところ。レシピ開発も行い、オープンからお店に立っていた田中さんはこう話す。

「もともと飲食に興味があったので、本当にやるなら勉強するよ! と宣言して2019年の春から本や教室でスパイスカレーを学びはじめました。半年後には、谷中にある友人の店で間借りのカレー屋さんをオープンしたんです。当時出していたのはナッツを使ったチキンカレー。そのカレーの色がラクダを連想する色だったことから、店名はCAMELに決まりました」(田中さん)

カレーを作るときに玉ねぎをどのくらい炒めるのかは、キツネやイタチ、ウサギにゴリラなど、色を動物に例えて表現することが多いというから、カレーと動物の名前は、どうやら親和性が高いらしい。

今の場所に店舗を構えてからは、建物に掲げられている通り、キーマカレーに特化している。特に人気なのは、茗荷・大葉・パクチー・小葱をどっさり乗せた「薬味カレー」。カレーに茗荷に大葉? と意外に思いつつも、実際にいただいてみると、薬味の爽やかな香りが鼻に抜け、シャキシャキした食感が加わるのも楽しい。

「しゃぶしゃぶでもなんでも、薬味をたっぷり食べたいタイプで(笑)。カレーの隠し味に味噌や甘酒を使っているので、和な薬味も合うと思ったんです」
と田中さん。オリジナルの胡麻キーマは、インドカレーに欠かせない油に胡麻油を選び、甲府の老舗 五味醤油の「やまごみそ」と、富士山の水と富士吉田の米で作った米麹の甘酒「レペゼンフジ」を隠し味に使っている。日本では馴染み深い発酵食材が、このカレーのおいしさを引き立てていると知って、薬味との相性に合点がいった。

ここのメニューは、ルーが胡麻キーマとシーフードの2種類とシンプルだが、ナッツやチーズ、素揚げ野菜やアボカド、辛さがクセになる唐辛子のピクルスなど、トッピングの種類が実に豊富。その組み合わせを変えれば、何十種類ものおいしさを楽しむことができる。決まったものを選ぶのではなく、ひとつの枠組みの中で好きなようにアレンジして、お気に入りのひと皿を見つけることができるというクリエイティブな仕組みは、デザイナーらしい発想かもしれない。

コンパクトな空間に、美とこだわりをたっぷり詰め込んで

カレーが盛られているのは、やわらかな土っぽさが特徴的なプレート。ラクダが歩く砂漠のようなカラーにカレーと薬味がぐっと映える。これは、陶芸で立体作品などを作っているアーティスト高岡太郎さんによるものだ。また、添えられた鹿の角と真鍮のスプーンは、狩猟・養蜂・モノづくりの3本軸で活動を続ける作家、合田大智さんによるブランド「meguru」のアイテム。程よい重みに委ねてカレーをそっとすくい、少しずつゆっくり口に運べば、忙しない日常をほんのひととき忘れてしまう。

空間や料理はもちろん、小物にまで彼らのセンスが行き届いているが、ここまで妥協なくこだわるのはなぜだろう。間宮さんはこう話してくれた。

「インテリアデザインの仕事は、目の前にないものをプレゼンしなくてはいけません。その中で価値観をクライアントと共有することって、なかなか難しいんです。それに、予算の問題で価値観を度外視してデザインが決まっていくこともよくあって、そこに勝手にストレスを抱えていたところがありました。だから、本物の素材を使った空間を自らが作ることによって、言葉にし難い抽象的なものを体感として共有できたらと。そして、リラックスして一緒にご飯を食べたりお酒を飲んだりして、実現したお店の雰囲気を話してもらえたら、もっと価値観を共感しあった状態でいい仕事ができるのではないかと思ったんです」(間宮さん)

決して広いとは言えない店内、しかも平面が三角形という変わった物件だが、採光のための吹き抜けがあったり、厨房のコンパクトさが使いやすさに繋がっていたり。床も階段も全て取り除いて内装し直したというだけあって、さすがは気が利いたデザインが施されている。価値観の共有だけなら、お店を自らが運営しなくても目的は果たせそうだが、あえて自分たちで営むのにはもう一つ理由があった。

「お店の内装をさせていただくと、完成して引き渡した後がどうなったのかを知る機会はなかなかありません。だからその後に興味があって。自分たちがデザインした場を自らが育てるという経験をしたら、今後クライアントにも自信を持ってお伝えできることがあるかもしれないと思って」(間宮さん)

「でも実際やってみたら、めっちゃむずいっす!(笑)」と間髪入れずに田中さんが突っ込む。すべてが予定調和ではなく試行錯誤があるからこそ、わかることもあるし伝えられることもある。お店を営む苦労もまた、彼らにとっては新たなデザインやアプローチが生まれるアイデアの種になる。

できることもタイプもちがうから保たれる、二人の絶妙なバランス

お話をお聞きしていても、コンビネーション抜群の二人。よっぽど仲が良いのだなぁ、なんて思っていたら、なんと中学校の同級生だそう。もう26年の付き合いというのだから、苗字で呼び合う感じも会話のリズムも納得だ。二人での活動は、間宮さんが田中さんに声をかけ、デザインの仕事を一緒にするようになったことがはじまりだという。しかし、それぞれが手がけるのは、空間と平面という異ジャンル。間宮さんは、なぜ田中さんを誘ったのだろう。

「内装設計をしていると、中身はインテリアデザイナーが作るけれど、ロゴやメニューなどグラフィックに関わるものは知らない別のデザイナーに依頼されていて、完成した時に空間とグラフィックデザインの間にちょっとした違和感みたいなものを感じることがあって。グラフィックデザイナーと一緒にトータルで提案できたらいいなと思って、田中に声をかけたんです」(間宮さん)

それぞれに別の学校でデザインを学んでいた時代も、かつて谷中にあったシェアハウス 萩荘(現在のHAGISOの前身)で共に暮らしていた時期があるという二人。互いの性格や美意識も十分に理解しているからこそ、一緒にデザインや飲食店の仕事ができるのだろうと想像する一方で、友達だからこそ仕事を一緒にするのは難しいのでは……? と気になった。そこに対して、田中さんはこう話す。
「お互いに深入りしてないんです。やれることがお互いに違いますしね。働き方も違って、僕は朝早くデスクに来てさっさと帰りたいし、間宮は夜中まで粘って捏ねていたい。昔からどちらかというと、間宮は先行型で僕は保守型なんです。タイプが全く違いますね!」(田中さん)

中学時代はサッカー部だったという二人。間宮さんはオフェンス、田中さんがキーパーだったと聞けば、日頃のスタンスや働き方にも表れているようで興味深い。

しかしながら、店に関しての役割をうかがうと、「店は完全に田中が主導。こういうメニューを出してみようかとか、サインを増やした方がいいかもとか、そういう話が上がってきたら一緒に検討する流れです」と間宮さん。一方田中さんは、「間宮は、店の仕事とデザインの仕事のバランスを気にかけてくれたり、常に俯瞰で見てくれています」と話す。意外とそこは、ポジションが入れ替わる感じもおもしろい。

二人は、2018年にスーパーマーケットのカゴに取り付けて使うレジカゴバッグを開発した。グラフィックデザインとビジュアル作成は田中さんが、アイテムの設計や強度の検証は間宮さんが担当。専門分野が異なるからこそ、それぞれの得意分野が存分に生かされる。これは、「なにか一緒につくろう」というシンプルな起点から生まれたそうだが、実は同じベクトルの上に、CAMELの誕生がある。

「一緒にやっているから、2人でなにか作りたいという気持ちと、やれることを増やして仕事の幅を広げたいという狙いがありました。その延長線上に浮上したのが飲食店。プロダクトも店も僕だけではだめで、田中がいるから成り立っているんです」(間宮さん)

動きながら試しながら、変化の中で機能を広げ生かしていく

現在CAMELには、平日は老若男女問わず近所の方が訪れ、週末にはSNSなどで情報をキャッチしたカレー好きの方が遠方からも足を運ぶ。

ところで、どうして上町で? 物件を探していたときの場所の条件を訊ねてみると、「田園都市線、東横線、世田谷線あたりで渋谷から6駅以内。ポテンシャルはあるけど、そこまで気づかれていないような谷間的な場所」だそう。物件重視で導かれた上町という土地は、二人にとってなんの思い入れもない場所。しかし、人との触れ合いによって、街との距離感は変わっていく。

「僕らは中学から私立だったので、住んでいる場所と学校のある場所が離れていて、地元というか自分の街がどこにもない感覚がありました。だから、店に来てくださるご近所の方や近くのお店の方と交流したり、関係を育んだりしながら、ひとつの街を身近に感じるのは初めての経験です。ちなみに、AHIRUYOUR DAILY COFFEEには、たまにおじゃましています。もともと飲み歩くタイプではなかったのですが、店に立っているとお客様から近所の情報が自然と入ってくるので、仕事帰りにふらりと寄ってみることもあります。お客様との話題にもなりますしね」(田中さん)

この地で店を営むことをきっかけに、上町を盛り上げたいという気持ちも生まれてきたと間宮さん。
「上町にこんなお店があったらいいなとか、こういうプロダクトがあったらいいんじゃないかとか、街を軸にしたアイデアについて田中と話すことがあります。CAMELという店が生き残っていくためには、街自体が盛り上がっていることがとても大切だと思うようになったんです」(間宮さん)

店をはじめるきっかけは、モノづくりだったのかもしれない。しかし、店を営む中で課題として浮かび上がってきたのは、人と関わり、街を巻き込み、いかに店を機能させていくかということ。

「物を作るということは比較的やりやすいのですが、それを運営することや機能させていくことって簡単ではなくて。デザインとは、使う脳みそが違うんです。店が機能していくのに大切なのは、お客様だったりスタッフだったり、結局のところ人。その関係作りがとても難しくもあり、でもそれが一番大事なことでもある。それが、CAMELをやってわかったことです」(田中さん)

夕方になると、カウンターにはジンやウイスキー、テキーラなど、お酒の瓶がずらりと並ぶ。夜も昼間と同様にカレーを食べることはできるが、照明の暗さや長年バーテンダーをしてきたスタッフが立つことで、CAMELはすっかり夜の顔になる。もともとお客さんとして知り合ったというイラストレーター、佐藤薫さんによるラクダのコースターは、バータイムのもてなしのひとつ。名物の胡麻キーマも小さな器にルーだけ盛られ、お酒に合う人気のおつまみに早変わりする。同じ空間であっても、別のお店かと思うほどぐっと表情が変化することに驚いた。同じ店に2つの顔を持たせるのも、空間を最大限に機能させていくことに繋がる。

彼らは常に体験の中から課題を見出し、解決策を試しながら実体験の中で進化させていく。実は現在、店内は密かにリニューアル工事中。次なる進化として、2階にテーブル席が設けられるそう。それも、彼らが父親でもあり、家族でも訪れやすい店にしたかったのもあるだろうし、テーブルを囲んで時間を過ごすという新たな機能を試してみたいという冒険心もあるのではと想像が膨らむ。カレーのおいしさは変わることなく、でも愛される店であり続けるために、CAMELはこれからもきっと変化していく。決して止まらず、心地よく動き続けるというスタイルは、クリエイティブな彼ららしい在り方なのかもしれない。

CAMEL
住所:東京都世田谷区世田谷2-24-5
定休日:月曜、火曜
営業時間:ランチ[水曜~日曜]11:30-15:00(L.O14:30)/ディナー&バー[水曜~土曜]18:00-24:00(フード L.O 21:30、ドリンク L.O 23:30)
Instagram:@camel_keemacurry
※11月末より店内リニューアル

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