イラストレーター
オガワナホさん
世田谷ミッドタウンを拠点に活動するイラストレーターのオガワナホさん。世田谷出身、ニューヨーク経由の世田谷暮らし。愛犬パームとの生活から伝わる地域の魅力を語ってもらった。
文章・構成:加藤 将太 写真:仁志 しおり
住んだことのある街は世田谷とニューヨークだけ
『anan』『ELLE』『ANNA SUI』といった人気の女性誌やブランドなどに、イラストやマップを描き続けている、イラストレーターのオガワナホさん。フリーハンドで描く可愛らしいイラストはファンが多く、その仕事は日本に限らず、アメリカ、ヨーロッパ、アジアにもクライアントを持つ。先日、せたがやンソンで特集した『世田谷パンタスティック! -世田谷ミッドタウン パン屋マップ-』のイラストとパン屋マップもナホさんによるものだ。インタビューに便乗して宣伝してしまうと、紹介しているパン屋さんと地域のお店でマップの配布が始まっているので、是非買い物がてら手に取ってほしい。
実はナホさんは世田谷ミッドタウンを拠点に活動している。アトリエを世田谷ミッドタウンに構えたのは昨年9月のことだった。
「ここはたまたまインターネットで見つけて。最初は冷やかしのつもりで観に行ってみたんです。内見からしばらく空き続けていたから、思いきって入居を決めました。環七(環状七号線)と環八(環状八号線)に囲まれた世田谷には、その辺りに住んでいる友人・知人が多かったから、なんとなく土地勘もあって」
ナホさんの地元は世田谷区。高校卒業後にニューヨークの美大に進学して現地に5年半ほど住んでいた時期があるものの、それを除いて住んだことのある場所は、上野毛、三軒茶屋、三宿。なんと世田谷区以外に住んだことがないのだという。ところで、ナホさんはなぜ絵を学ぶためにニューヨークへの留学を選んだのだろうか。
「小さい頃から英語が好きで、子どもの頃は漠然と英語を活かして世界で活躍したいと思っていたんです。でも、具体的に仕事は何がしたいのかはわからなくて、もともと絵を描くことも好きだったんですよね。でも、絵を仕事に出来るのはごく少数の限られた人たちだから、趣味であればいいやぐらいにしか思っていなかったんです。ところが、私が通っていた高校のクラスメイトがみんな優秀だったので私は適わないと思い知ったっていう(苦笑)。それだったら、子どもの頃から好きだった絵の道へ進んだほうが楽しいんじゃないかなって思ったんです」
高校1年の時にはじめて経験したホームステイはニューヨークの隣町。当時お世話になった人に連れられて、ニューヨークの美術館を見て回った。「なんておもしろいんだろう。ここで美術の勉強をしたいな」。感動した16歳の女子高校生は、実際に海を渡ることになった。
「4年制の大学に行くと、学生ビザで1年間働けるというプログラムがあって、それに参加したんです。その期間に入りたい会社を探して、そこからワーキングビザを出してもらえるんですけど、私はフリーランスとして働きたかったから自分の売り込みをしていました。ちょうど当時はインターネットが活発になっていた時期で、学校の授業の一環で自分のウェブサイトを作ったんですね。そしたら、それを見た日本の企業が仕事を依頼してくれるようになって、イラストの仕事をいただけるようになりました。当時クリエイターのポートフォリオサイトは少なかったから、私は見つけやすかったんだと思います」
食いしん坊にも程がある愛犬
ナホさんにはずっと生活に連れ添ってきた大切な存在がいる。愛犬、ワイヤー・フォックス・テリアのパームだ。パームとの出会いは、ニューヨークからの帰国後に三宿から三軒茶屋に引っ越した時のことだった。生後6ヶ月の時に譲り受けて、今年で愛犬との生活は13年目を迎えた。
「パームの由来は見た目そのままで、毛がくるくるしているから。でも、最初のパームは毛が短く刈られていて、あまりにもみすぼらしい姿だったんですよ(笑)。このおじいさんはあまりにも食欲旺盛で、隙を見せると盗み食いを始めるんです。一度パームが倒れて動かなくなって病院に運んだことがあって、診断結果が急性アルコール中毒だったんですよ。どうやったのかわからないけど、みりんのフタを開けて飲んでしまったらしく、それで酔っぱらっちゃったみたいで…。他にも蟹の足を丸っと食べてしまって、病院のお世話になったこともあります(苦笑)。そんな嘘みたいな経験を踏まえて、キッチンの棚はパームが開けないようにチャイルドロックを掛けているんです」
取材中も「ダメ、パーム!」とナホさんはパームの行動が気になってソワソワしていて、その様子がナホさんとパームの日常をイメージさせてくれた。ちなみに、ナホさんはパームの日常をインスタグラムにアップしている。その食いしん坊ぶりはアカウント名「kuishinbo_perm」で公開されているので、是非チェックしてみてほしい。高齢のパームがおじいさんのキャラクター設定で語りかける口調も面白く、世界中のフォロワーがコメントを寄せている。個人的には、ゴミ箱を器用に引っ張りだして中身を漁ろうとする動画が最高だった。
パームと歩く世田谷ミッドタウン
アトリエの周辺環境の魅力について聞くと、ナホさんは「静かで落ち着ける。それでいて買い物もしやすいところ」と答えてくれた。少し足を伸ばせば駒沢公園、松陰神社商店街という立地は、仕事の気分転換にパームとの散歩がしやすいエリアでもある。散歩の途中に見つけた緑道の雰囲気も気に入っている。
「買い物だと松陰神社の商店街に行くことが多いです。商店街の八百屋さん、お肉屋さんで食材を買いますね。ご飯を作りたくない時は弦巻通り沿いの『Indian Canteen AMI』、激安定食の『舟よし』、最近出来たパニーニ屋さんの『centro storico』、上町の肉まんが有名な『鹿港(ルーガン)』。パームが元気な時は駒沢公園近くの『BROOKLYN RIBBON FRIES』まで行きますね。この辺りはペットと過ごしやすいし、ペット同伴OKのお店も幾つかあって助かります」
高齢になるにつれて、パームは足腰が弱くなり、左目の視力も悪くなってきた。人間ではおよそ75歳のおじいさんだけど、健康維持のために薬を飲んでいても、その食欲は衰えを知らない。
「パームが会話のきっかけになることは多いですね。この辺りは犬と散歩している人が多くて、ワイヤー・フォックス・テリアが珍しいのか、『この犬は何犬?』って聞かれます。それだけじゃなくて、『駄犬なの?』って聞かれたときは思わず笑っちゃいました(笑)。そんなやりとりからも、地域に住む人たちの顔が見える感じは好きですね。ご近所の人たちとは一緒に雑草抜きをしたり、お裾分けをしたりする仲ですし。私の地元はマンションが建ち始めてから一軒家が少なくなってしまって、それからは誰が住んでいるのか見えづらくなってしまったけど、ここは私が思う世田谷のイメージがまだまだ残っている気がします。なんだか懐かしい感じがする」
いつかパームの絵本を
世田谷ミッドタウンにアトリエを構えるようになって、もうひとつ感じる変化があるという。それは以前、三軒茶屋と三宿辺りに住んでいた友人・知人たちとの再会だ。
「最初に話した、私が三茶と三宿に住んでいた頃にこの辺りで暮らしていた人たちは今も変わらず住み続けているんですよね。ここにアトリエを引っ越したことで、その人たちと久々に再会して、また交流する時間が出来たんです。結婚してからこの辺りに住み始めた人たちもいるし、住みやすい地域っていうイメージがあるんでしょうね。仕事で都心に出ることはあるけれども、私には都会や地域との距離感はこれくらいがちょうどいいんです」
ナホさんのイラストには時折パームが描かれていることもある。パン屋マップの犬や猫の中にもパームが混じっているので探してみてほしい。
「2年前にはじめて3冊の絵本(『ナナとミミのえほん』)を発売したんです。次はパームを主人公にした『くいしんぼうパーム』っていう絵本を完成させようと決めていて」
愛犬や愛猫との別れは突然訪れることもある。今はまだ形になっていないけれども、『くいしんぼうパーム』が発表される頃にはパームも変わらず生きていてほしい。パームが盗み食いをしている物語の中には、きっと世田谷ミッドタウンの散歩で訪れた風景も、きっと描かれているのだろう。ナホさんとパームの世田谷ミッドタウンでの時間は、これからも進んでいく。
オガワナホ
イラストレーター
東京生まれ。ニューヨークの Parsons The New School for Design BFA イラストレーション科卒業。在学中より、フリーランスのイラストレーターとして活動。日本、アメリカ、イギリス、韓国、香港、イタリアにクライアントを持つ。旅好き。
ウェブサイト:http://naho.com/
インスタグラム:@kuishinbo_perm
(2015/12/07)