Ryoura
菅又亮輔さん
用賀駅の北口を出て、昔ながらの商店街を歩いていくと、ブルーのひさしとヨーロッパを感じさせる店構えが目に留まる。この街で店を営んで10周年を迎えた洋菓子店、「Ryoura」だ。男女問わずファンは多く、若いスイーツ好きの方からご年配やお子さま連れまで、幅広い層の心を掴む、その秘密はなんだろう。店主の菅又亮輔さんに話を訊きたくて店を訪ねた。
文章:内海織加 写真:阿部高之
構成:鈴石真紀子
両手を広げても足りないほど大きなショーケースをケーキでいっぱいに
開店1時間ほど前。店の扉を開くと、販売スタッフの方が手際良く焼き菓子を並べ、迷いのない動きでサクサクとお店の中を整えていた。そして奥の厨房におじゃますると、空間に道具による音とリズムが響き、パティシエスタッフのみなさんが黙々とケーキを仕上げている真最中。大きな作業台が並ぶ厨房の真ん中で、立体芸術を作っているようにチョコレートの欠片でケーキを飾る男性がひとり。彼が、店主 菅又亮輔さんだ。

「(撮影用の)やっているふう、みたいなのができないので、普通に作業していいですか?」そう言うと彼は、メレンゲ生地の上に立体的に高く生クリームを絞ったり、その上にふわりとマロンクリームを絞り出したり。他のスタッフとも阿吽の呼吸で作業を重ねていく。手を止めることなく、時折、視線を上げて状況をチェックしている様子は、まるでサッカーチームの司令塔のよう。それでいて、厨房の中には緊張感というよりも軽やかな空気が漂っていたのが印象的だった。

ケーキは、仕上がった側から次々に店頭に運ばれていく。そして、大人が両手を広げても足りないほど広いショーケースには、24種類のピースケーキと10種類のホールケーキがずらり。そしてトリュフチョコレートやカラフルなマカロンも美しく収まって、まるで宝箱のようだった。体ごと移動しないと端から端まで見られないほどの大きなショーケースは、菅又さんのこだわりのひとつ。

「ショーケースの大きさはかなり悩んだんですけど、視野に入りきらないくらいのお菓子が中に収まっているというのが理想で。自分が動かないと見られないくらいケーキが並んでいたら、超いいな!って思ってこのサイズに決めました」
ずらりと並ぶケーキの前で、どれにしようかと、右へ左へ行ったり来たり。今日はこれにして、次にきたらあれにしようなんて、頭の中には心躍る作戦案と次回への夢が広がってゆく。
洋菓子という枠の中で素材と戯れ、概念にとらわれず自由に発想する
ショーケースの中には、ショートケーキやモンブラン、シュークリームやエクレアなど、馴染みのあるお菓子の間には、ショートケーキでもバラの花びらがあしらわれているものや、ピスタチオのグリーンが美しいドーム型のケーキなど、オリジナリティを感じるラインナップも。一度は食べたことがある安心できる洋菓子の定番と、なんだろうと興味惹かれるような創作菓子が同列に並んでいた。

「僕の中でこのお店は、街のちょっとおしゃれな洋菓子屋。お菓子の形に工夫を凝らしているものはありますが、スタンスはフランス菓子というよりも、あくまで洋菓子なんです。お菓子を食べるのは、きっとおやつの時間か食事の後。お菓子でお腹をいっぱいにしたくはないので、ショートケーキ以外はあえてスポンジは控えめに、見た目と味と香りで楽しめるものを心がけています」

ケーキのラインナップは、季節の移ろいと共に進化する。この季節にはこれ、と決まっているのではなく、新たなアイテムとして新鮮に登場するのだ。とすると、菅又シェフの頭の中には、いつもどれだけのアイデアがストックされているのだろう。
「新しいケーキを考えるときは、素材から発想を広げることが多いですね。同じところで収穫できる食材は、相性がいいものがほとんどなので、そこから連想ゲームのように考えていくこともあります。パイナップルとココナッツは合う→ココナッツとコーヒーは合う→ということは、パイナップルとコーヒーも合うかも?とかね」
新たなケーキを生み出す場所は、「基本的には、机の上ではなく厨房」という菅又さんだが、思いつきの域を超えて発想を広げたい時には、ノートを広げる。そして、果実やナッツなどの食材を縦に書き出し、今度はそれぞれの食材に合いそうなものを横に思いつく限り書いていくそう。すると、異なる食材に共通項か浮かび上がり、それが新たな組み合わせとしてアイデアの種となる。また、食材を酸味や苦味などの味の要素に置き換えて、同じ要素を持つものと差し替えながら、味に複雑さを加えることもあるという。素材が持つ特徴や背景を因数分解して、そこから新たに組み立てていくプロセスは、どこか建築や数学を感じさせる。

でも、そればかりではなく、普段の会話から発想を膨らませるものも多いそう。
「スタッフたちに、最近なに食べた? って聞くんです。こういう組み合わせが新鮮だったとか、コンビニスイーツのこれがおいしかったとか。そういう会話の中から浮かんだアイデアも入れながら、まずはこっそり作ってみるんです。スーシェフに聞かれても、『できたら教えるわ〜』って。先に教えちゃうと、『えーーーそれ合います?』なんて言われちゃうから。今日も午後から試作するんですよ。見てろよー!って(笑)」
身近な職業だったから自然と志し、できないからこそのめり込んだ
毎日のようにお菓子づくりに向き合う菅又さんだが、実は苦手なものがあるという。それは、まさかの乳製品。バターこそ高校時代に克服したと言うが、クリームチーズやベシャメル、バニラアイスクリームなど、ミルク感の強いものはあまり得意ではないと言うので、驚いてしまった。 お菓子作りに乳製品は外すことができない。なぜ、苦手なものを味見する必要があるこの職業を選んだのだろうと、素朴な疑問が浮かんだ。

「新潟県佐渡島の出身なのですが、母方の親戚が菓子屋を営んでいて、そのお店の洋菓子部門として父がお菓子を作っていたんです。学校帰りに店によれば、父が働いているのを日常的に見ることができました。小学校の社会科見学として、みんなでその菓子屋を訪れることもあって、そんなときは子ども心に父を誇らしく感じていましたし、かっこいいなぁって思っていたんです。そういう当たり前の光景の中に、菓子屋という職業があったから、なんとなくいいかも、と父と同じ道を選んでいただけのこと。どうしても、と志したのとは、少しちがうんです」

パティシエという職業へのはじめの一歩を誘ったのは、“なんとなく”という言葉でやさしくくるんだかっこいい職人への憧れだったのかもしれない。しかし、お菓子づくりにのめり込んでいったのには、また別のきっかけがあったようだ。
「製菓の専門学校に進学したのですが、想像しているよりもずっと難しくて、いろいろな作業がうまくできなかったんです。上手にできないのが悔しくて、アドバイスを得たり自分で調べたりしながら、自主練を繰り返していくと、解決策やコツがわかる瞬間があって。そうやって、できなかったことができるようになっていくのが楽しくて。極めていくおもしろさにどんどんのめり込んでいきました。お菓子をつくる作業そのものが好きだったから、乳製品が得意じゃないことは、そこまで気にしていなかったですね」

Ryouraのケーキをひと口いただくと、甘すぎず主張しすぎないさっぱりとした生クリームが他の素材を引き立て、ほのかにミルキーな甘さが最後にふわっと短い余韻を残す。その絶妙なバランスをつくることができるのは、好みだけにフォーカスせず、少し引いて全体を捉えることができるからだろうか。
「生クリームは、みんなこういうのが好きでしょーって思いながら作ってますよ!……って自分で言いながら、俺、擦れてんなーて思いましたけど(笑)」
そう言って、彼は屈託なく笑った。

普段の営業も、恒例のクリスマスも、信頼できるチームとともに
洋菓子店が1年で最も忙しいクリスマスが、まもなくやってくる。Ryouraも毎年恒例のクリスマスケーキの予約を受け付け、店内にはシュトーレンやかわいらしいクリスマスギフトが並んでいた。よーし!と気合を入れて挑むのかと思いきや、「クリスマスは、淡々と、やろっか!って感じ」とニュートラル。

「本当はやりたくないんですよ(笑)。種類も多いし。でも、選べた方がいいかなとか、こんなケーキあったらいいなとか、アイデアは浮かぶので、一回やってみようか!って。だから、今年は昨年よりも2種類増やしています。毎年、25日のケーキ作りが終わった後、すぐに改善点を書き出します。次はこういうのが作りたい、とアイデアが湧いてくることもあるので、そういうこともメモして。大体、クリスマスケーキの構想をするのは8月の夏休みくらいの時期なので、その頃に前年のノートを見直すところからはじめるんです」
大変だと想像できても、お客様がよろこんでくれる方を選びたくなる。そこに、菅又さんのお菓子への向き合い方が凝縮されている気がした。

「クリスマスケーキのレシピも、決まったものはもともとないんです。だから、昨年からは残すようになりました。スーシェフに怒られて(笑)。スタッフたちが、みんな “しずかちゃん” と “出来杉くん” なんですよ。僕は、 “のび太” 、機嫌が悪いと “ジャイアン” なので(笑)」
と、怒られたエピソードですら楽しそう。オープン前の厨房を思い出せば、確かにこの店の強さのひとつはチーム力なのだろう、と腑に落ちる。

「この店は、一人ではとてもじゃないですができません。もともとチームで店をやりたいという気持ちはあったので、少しずつ形ができていった感じです。売り場に関しても、スタッフたちの感性で作ってもらっているところもありますし、働く姿を見ているとプロフェッショナルだなぁと感心することもしばしば。パティシエチームも含めて、若い “出る杭” を打たずに共存できたらいいなと思っているんです。……ほら、そういうと、なんかいい先輩っぽいじゃん?(笑)」
厨房の裏では、オープン前の大仕事を終えたスタッフたちが、お弁当を広げて休憩していた。作業中の空気とは異なる朗らかな空気感に、このチームの風通しの良さと心地よさが見えた。
これからも、昔ながらの洋菓子店のようにたくさんのケーキを並べて
Ryouraは、今年、用賀にオープンして10周年。すっかりこの街に根付いている。用賀に店を構えたのは、狙いというよりも巡り巡った縁だったという。
「店の場所を探す時に理想だったのは、駅から近くて、近所に公園があって、間口が広い物件でした。街としては世田谷方面など広めに見ていたのですが、バイクでこの辺りを通ったら空気が流れている感じというか、よい雰囲気だなと思って印象に残っていたんです。そうしたら、いろいろな縁とタイミングで美容室だったこの物件を紹介してもらって。最初は、いろいろな人に『なんで用賀なの?』なんて聞かれましたけどね。ブーランジュリースドウの須藤さんだけが、『用賀、いいんじゃない?』と背中を押してくれました」

数年後、向かい側には人気のパン屋さん「Maison KUROSU」もオープンし、店主の黒須さんとはすっかり馴染みの仲。この10年で、街も、商店街も、暮らす人たちも、外から訪れる人たちも少しずつ変化し、Ryouraもそれに伴ってアップデートしてきた。
「お店をはじめた頃は、若い方や小さなお子さま連れは少なかったんです。でも、少しずつそういう方が増えて、今では遠くから足を運んでくださるお客さまも増えました。そういう変化に合わせて、お菓子もよりより洋菓子っぽくなったかもしれません。オープン当初は、お酒を使うケーキはありませんでしたが、最近はそういうものも選んでいただけそうかなと思って、ラインナップに加えています」

10年という節目。菅又さんは、これからをどう考えているのだろう。
「本当は数年前まで、10年を一区切りとしてお店を辞めようかなって思っていたんです。でも、考えがまとまらないまま、10周年を迎えてしまって。オープン当初からいろいろなメンバーと積み重ねての今ですし、チームも育ってきましたしね。みんなでもう少し作ってみようかなと、今は思っています」

そして、続けることの理由をこう加える。
「ケーキ屋の形もかなり変わってきて、こういうショーケースいっぱいにケーキが並んでいる店は、かなり少なくなっていると思います。昔ながらのお菓子屋さんのような、こういう光景は残しておきたいなぁって思って」
広いショーケースにいろいろな種類のケーキが並び、夕方に立ち寄って特別な日のデザートや1日のご褒美を買うことができる。そんなお店の理想の元になっているのは、菅又さんが子どもの頃から見てきた、ご両親が営むお菓子屋さんの光景なのだろう。

ちょうど取材を終えた頃、スタッフの方がやってきて、ブレーカーが落ちてしまったと菅又さんにSOS。彼は、「楽勝だよ!」とでも言うかのように、ピュ〜と口笛をひと吹き。なにごとも、楽しんでしまえばこっちのもの。そんな目の前を新鮮に楽しむ彼の軽やかさが、この店の心地よさとお菓子のおいしさに繋がっている気がした。
Ryoura
住所:東京都世田谷区用賀4-29-5 1F
営業時間:12:00〜17:00
定休日:火曜・水曜(不定休)
ウェブサイト:https://www.ryoura.com/
インスタグラム:@ryoura_1021
