たこ坊

今井保さん

最寄り駅
世田谷

いつもながら、大きなたこ焼きだ。一個をそのまま口に放り込んだら、きっと熱いだろうな、熱いよな……そう思いながらもフーフーして頬張ると、やっぱり※△◎凹凸$&%沸!!! でも旨いんだな、これがーー。東急世田谷線世田谷駅から徒歩3分ほどの場所にある、京風たこやき「たこ坊」。遠くからでも見つけられる赤い屋根、年季の入った古い暖簾。ビルの一角に佇む姿は、もはやこの街の風景の一部として、あたりまえのように在るけれど、ここまでの道のりは決して、あたりまえではなかったようで。

文章:葛山あかね 写真:阿部高之  構成:鈴石真紀子

京都生まれの風来坊

「私がたこ焼きをやり始めたのは、知り合いが原宿でたこ焼き屋を始めるから手伝ってくれないか、ということで携わったのが最初です」 さかのぼること1990年代、竹下通りに多くのタレントショップが並んでいた時代であり、斜め向いにあるクレープ店は行列するほどの人気ぶりだった。「だから、(知り合いは)この場所なら、ならなんとかなるんじゃないかと思ったんでしょうね。結局は、なんともなりませんでしたけど(笑)」

今井保さんは、京都は聖護院生まれ、上賀茂育ちという生粋の京都人である。先述の、たこ焼き屋に誘われた話は東京にやってきて随分経ってからのことだというが、そもそも東京に来たのはいつ、どうしてですか?「そんなことを聞かれるとちょっと困っちゃうんだけど」と少し恥ずかしそうに笑う今井さんが、記憶の糸をたぐるように思案しながら少しずつ話してくれた。

「最初はね、京都のゴルフ場でキャディーをやっていました。その次は友達に誘われてアイスクリームの配達をして、その次はなんだっけな、あ、そうだ、新潟のおかき屋さんの大阪支店ができるっていうんで、大阪万博(1970年)が終わる頃までは働いて。その後は喫茶店。コーヒーを淹れたり、サンドイッチやカレーなんかをつくっていました……ははは、思い出すのもおぞましいくらい、フラフラとしていましたね」

昭和18年生まれ。20代の頃、とくにやりたいことも、目指すべき夢もなかった。将来何をしたいかなんて考えもしなかったし、このままでも生きていける、と漠然と思っていた。「アホでしたからね」と笑う今井さんの話はまだまだ続く。

29歳のとき「ニコニコしていて明るそうな人」という第一印象を受けた女性、生涯の伴侶となるたかねさんと結婚。その頃は大阪に暮らし、「たしか、車に乗って配達の仕事をしていたのかな」。そして30代のあるとき、奥様の実家である東京・銀座の料亭から「事務としてうちで働かないか」と声がかかる。なるほど、それで東京に身を埋めることに、と思ったものの「いやいや……」その後も関西と東京を行ったり来たり。フラフラしている間にバブルははじけ、実家の料亭も店仕舞い。さて、どうしたものかと思っていたところで、ようやく。「たこ焼き屋を手伝ってくれないか」の話が持ち上がる。

どうする、たこ焼き?

そこから順風満帆に……とは、残念ながらいかなかったようである。たこ焼き屋の開業に誘われたはいいけれど、その友人はたこ焼きづくりの「た」の字も知らぬ素人だった。もちろん、今井さんもそう。喫茶店で料理を担当していたものの、たこ焼きづくりは勝手が違う。はじめは「タコさえ入ってればええんちゃう」というところからのスタートで、レシピもなければ、生地の配合や焼き方一つ分からぬ状態。どんなサイズにネギを刻み、どんなふうにタコを切るのか、すべてを一から模索する日々が始まった。

とりあえず、なんとかカタチになったものの、直面したのは「味が良くなければ売れない」という厳しい現実。しかも原宿に遊びに来る当時の若者にとってたこ焼きは、クレープのようにオシャレなものではなかったらしい。手探り状態で始まったこのお店は1年ほどで「あかんことに」なり、移転。それが現在まで続く世田谷駅の、この場所だった。

移転後も、今井さんは「なかなか味が安定しなくて」と模索を続けた。オープン当初から決めていたのは関西風のたこ焼きをつくること。関東風は小麦粉に水や卵を加えて生地をつくるのが一般的だが、関西のたこ焼きは出汁を使って生地自体に味をつける。出汁に使う素材や配合、濃度はもちろん、「出汁の量が少なければ物足りない味になるし、かといって多すぎれば柔らかこうなって固まらない」からと小麦粉に対する出汁の比率にも苦心した。

詳細は「ヒミツ」だが、鰹節を効かせた出汁をたっぷり使い、さらに卵や山芋を加えてもっともいいバランスの生地、曰く「命の生地」にたどり着く。

試行錯誤を繰り返しているうちに、気がつけば3年の月日が経っていた。途中、「店をまかって(任せられて)」店主となり、「インパクトのあるキャッチフレーズみたいなものが商売には必要や」ということで、謳い文句を関西風から「京風たこやき」へと変えた。

具材には天かすや干し海老、ネギ、紅生姜に加え、「京風にはキャベツを入れるんです」と細かなみじん切りのキャベツを入れ、タコには「老若男女どなたでも食べやすいように」と柔らかく歯切れの良い岩ダコを使うことにした。

たこ焼き板を熱したところに、生地をジュワッと流し込み、丸型の一つ一つにぶつ切りにしたタコをひょいひょいと入れていく。キャベツやねぎ、干し海老などの具材を順序良く散らしたら、そのまま焼け具合をじっと見つめる今井さん。もう、フラフラなどしてはいなかった。

定番のオリジナル、クセになるキング&クイーン

それにしても、タコ坊のたこ焼きは一個が大きい。

「出汁の旨みをきちんと効かせて、トロッとした食感に仕立てるには、これくらい大きくないとダメだったんです」。水分量が多いため焼き上がりもゆっくり、じっくり。均一にムラなく熱を加えることが美味しさのカギになることから、同店では鉄板ではなく、熱の伝導率が良い銅板のたこ焼き板を採用。たこ坊サイズに打ち出してもらった特注品だ。

一番人気はなんと言っても定番の京風たこやき オリジナル。焼き立て熱々にソースをツヤっとかけて、マヨネーズはお好みで。最後に鰹節をふぁさっとかけて出来上がり。

いただきます。表面はパリッと軽く、すぐさま熱い生地が口の中になだれ込む。トロッとして、どこかもっちり。出汁の旨みが豊かに広がる味わいだ。関東でよく見かける、揚げ焼きしたような食感のたこ焼きとはまったく違う。柔らかくて味わい深い。これが京風か……と思いながら、もう一つ頬張るとやっぱり◎△凹凸!?%#$沸!!! あ〜、美味しい。ちなみに銅板で焼いたたこ焼きは、冷めにくく熱もちが良いのが特徴だというのだから。

ほかにもチーズを入れた「チーたこ」や、これでもかと青ねぎをのせた「ねぎたこ」も。また「ペッパーキング」と「ペッパークィーン」という名のたこ焼きもある。これは「ソースではなく、黒胡椒と塩、レモンで食べるたこ焼きです」

この2種類が誕生したのは6、7年前のこと。買い物をしていた今井さんの目にふと、珍しいブラックペッパーが留まる。「胡椒って産地によって個性が全然違うらしいんですけど、これはインド産で香りがすごく華やかだったんです。うちのたこ焼きと相性が良いんじゃないかと試してみたら、これが美味しくて」 こうして生まれたのがキング。で、チーズを入れたのがクィーンだ。

早速、レモンをしぼっていただくと、これが!ソースとは一味違う、爽やかな香りとさっぱりとした味わいが新鮮で、これ、ちょっとクセになる美味しさだ。どうしよう、オリジナルも食べたいし、ペッパータイプも外せない。でも、大きいたこ焼きなのに出汁の量が多いからか、キャベツが入っているからなのか食味が重くないのも良いところ。両方買っていく人も少なくないというのも頷けるのだ。

たこ焼き屋の窓から見る、変わりゆく街の風景

世田谷に店を構えて32年。すっかりこの地に根づいて、今がある。

「私が世田谷に来たときは、この辺りは結構な商店街だったんです。オオゼキもサミットもまだなくて、この建物自体が市場だった。(たこ坊の奥の)突き当たりには魚屋があって、今、飲み屋さんになっているところは肉屋、目の前は八百屋さん。タバコ屋もあったし、2階にはスナックもあった。それは、賑やかな場所だったよ」

「それが今や、変わったねえ。人の流れが少なくなっちゃった。昔は市場に買い物に来た人が帰りしなに寄ってくれたり、幼稚園や保育園の送り迎えをするお母さんたちが、おやつにしようと買ってくれた。たこ焼きは別腹、なんて言いながらね。今はお子さんも少なくなった。それこそママチャリで走っている姿が、街には少なくなったような気がするね」

それはそれで、寂しい。それでも。

「当時、幼稚園児だった子が成長して、一度この街を離れるんだけど、また『戻ってきた』言うて、たこ焼きを買いに来てくれたり、学生さんだった人が大人になって結婚して、こっちに住むようになったから『20年ぶりに来たよ』という人もいてね。それはもう嬉しいね」

それに、この辺りには新しいお店も続々と増えている。道路を挟んで斜め向いにある和食店「imoco」や、このビルの2階にもこの春、ワインバル「ohako」がオープンしたばかり。若い方がやってきて、新しいことにチャレンジしている姿をみると「なんだか楽しくなるよね」と今井さんは微笑んだ。

さて、12月と1月は毎年恒例「世田谷のボロ市」が開催される。15日と16日の2日間、1日におよそ20万人もの人出で賑わうこのお祭りの中心部に位置するとあって、たこ坊もてんてこまいの忙しさだ。無粋ながら「一日に何個くらい焼くんですか?」と聞いてみた。すると、

「最初は数えてたんだけど、途中で分からなくなっっちゃうから、もう数えない……(笑)」 朝9時から夜8時まで(普段は12時から)、とにかくめちゃくちゃたくさん焼く、ということだけは間違いないようだ。ボロ市のときはあまりの盛況ぶりゆえに、当日は「オリジナル6個入」一択なのでご承知おきくださいませ。

死ぬまでたこ焼き屋

現在は、三男の久さんと店頭に立つ日々。久さんがお店を手伝いはじめたのは高校生の頃で、もう20年以上のキャリアをもつ「ベテランです」と今井さん。安心してお店を任せられる頼もしき存在だ。それに小学生になるお孫さんもちょくちょく遊びにきては、注文を取ってみたり、今井さんの真似をしてみたり。おじいちゃんとたこ焼きが大好きなんだそう。

いろいろなことを転々をしてきたけれど、今この場所に変わらずいるのは「自分としては成り行きやな、と思ってるんですけどね」なんて笑うけれど、それでも「命あるかぎり、お店に立ち続けたいと思うてます」 御年82。今井さんは、今日も元気にたこ焼きを焼いている。

京風たこやき たこ坊

住所:東京都世田谷区世田谷1-16-24 榎本ビル1階
営業時間:12:00〜20:00
定休日:木曜日

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