バレアリック飲食店

國本快さん

最寄り駅
宮の坂

豪徳寺と世田谷八幡宮に挟まれた東急世田谷線。その線路沿いに位置するのが「バレアリック飲食店」だ。南国風のネオンサインに導かれて店内に入ると、緑があふれた縦長の空間が広がっており、極上のBGMとソウルフードがいっぺんに味わえる。オーナーの國本快さんに、この一風変わった店名の由来と、飲食店としてのこだわりを訊いた。

文章:上野功平 写真:鳥居洋介 構成:加藤将太

第二の故郷=世田谷で再出発

東急世田谷線宮の坂駅から世田谷小学校方面に徒歩約3分、世田谷線に面した3階建てのマンションの1階部分に「バレアリック飲食店」はある。『せたがやンソン』の読者であればお気づきかもしれないが、以前『はたらく人』のインタビューで紹介した「まほろ堂蒼月」の真隣というロケーションだ。

「自分で飲食店をやるにあたって、物件はずっと探していたんです。なんとなく世田谷線界隈からチェックしていて、本当はここの隣がラーメン屋の居抜きとして空いたので狙っていたんですけど、いろいろと準備しているうちに『まほろ堂蒼月』さんが先に申し込んでいて(笑)。『マジかよ』とショックを受けていたら、ちょうどここも空いたということで、すぐに決めましたね。実は、10年くらい前にこの近くのマンションに住んでいたことがあって、なんとなくこの付近のことは知っていたんです」

店主の國本快さんは松陰神社前駅のカフェ「STUDY」の元店長だった経歴があり、地元の山口県から上京した際も豪徳寺や梅ヶ丘といった小田急線沿線に住んでいたそうで、世田谷は「第二の故郷」とも呼べる場所だ。しかし、慣れ親しんだ場所だからこそ、商売をやっていくことの難しさも痛感していた。

「『人がいない』とは聞いていたけど、予想以上にいなかった(苦笑)。若者もいなくはないですが、比率としては豪徳寺とかこの周囲は年配の方々が多いと思います。それに、この辺って一方通行だらけなので、お店の目の前の道路がちょうど抜け道になってるんですよ。それは物件を選ぶ上で『どうかな?』と思っていた部分ではあります」

とはいえ、「意外と静かだし穴場だった」と國本さんも認めるように、住めば都。「まほろ堂蒼月」の店主・山岸史門さんも語ってくれたが、世田谷線の車内から「あのお店は何かな?」と意識してもらえるのも大きなメリットだろう。

「経堂とかと比べるとニッチな場所というか、“スキマ”っていう感じはしますよね。印象は決して悪くないです。都心から抜けたわけじゃないのに、田舎にやって来たようなトリップ感があるというか。宮の坂駅前のバー『LOCO』さんや『まほろ堂』さんは店主と世代も近いので、『ひとりじゃないぞ感』はあるなって」

「バレアリック」は、自分自身を表現する言葉のひとつだった

さて、やはり気になるのは店名の由来だ。そもそも「バレアリック」とはスペインのバレアレス諸島のことなのだが、ダンス・ミュージックの楽園として名高いイビサ島を中心に、この地から広がっていた音楽を総称して「バレアリック」と呼んでいる。ロックやジャズ、R&Bといった、いわゆる音楽ジャンルのように定義付けがされていない言葉であり、國本さんもその語感やフィーリングを気に入っているのだという。

「店名を考えていたとき、ひとつ頭にあったのは『思いきりヒネくれている斬新な名前にしよう』ということですかね。唯一迷った部分があるとしたら、『バレアリック食堂』にするか、『バレアリック飲食店』にするかぐらい(笑)。ただ屋号を決めなきゃいけなかったから、ダイナーとかカフェとか付随する言葉を何にするべきかは結構迷いました。でも、世の中にワケわかんないお店の名前っていっぱいあるじゃないですか。だから別になんでもいいやって気持ちもあったし、根付いちゃえばそれがみんなのイメージになりますから」

ネオンサインにも使われている、ヤシの木を印象的にあしらったお店のロゴは、「STUDIO LEMON DENCHI」ことデザイナーの金子大悟さんに依頼。南国らしいユルさと都会的なエッジが見事に融合されており、このロゴがプリントされたTシャツやトートバッグなどのグッズも人気だ。それにしても、音楽好き以外にはピンと来ないであろう言葉を、最終的に選んだのはなぜなのか?

「20代で自分がDJをやったり、クラブ遊びをしていたりする中で、ずっと好きな言葉のひとつだったんですよね。その頃の僕のmixi日記とか読んでもらうと、頻繁に『バレアリック』って出てくるはず(笑)。そういう意味で自分が昔から発している言葉だし、どことなくアンニュイな言葉というか。言葉がひとり歩きして、『バレアリック』って言ったモン勝ちみたいな。言葉遊び的な感じでも良く使っていたんですよね。僕のDJを聴いてくれた人にも『すごいバレアリックだね~』って言われたことがあるし(笑)。自分自身を表現するときに使う言葉だったのは間違いないです」

思い出のタコライスを再現!

「バレアリック飲食店」では、タコライスやブリトーといった看板メニューを筆頭に、季節の野菜や魚介を無国籍にアレンジした料理が我々の目と舌を楽しませてくれる。さぞかし料理の経験が長いのだろうと思いきや、國本さんはずっとホールでの接客担当がメインだったそうだ。

「もちろん料理も楽しいんですけど、未だにお客さんと会話できるホールの方が好きですね。こうやって個人のお店にたどり着いたのは、やっぱり全部を自分でやりたかったからであって。メニューに関してもこの2年で色々と変わっていまして、最初はメキシカン / イタリアン / ハワイアンを謳っていたんですけど、今はもう完全に無国籍です。3年目まではアレコレ試行錯誤してみようかなって」

今や一国一城の主となった國本さん。「どこかモデルとなったお店は?」と尋ねてみたところ、「バレアリック飲食店」のルーツが垣間見えるエピソードを教えてくれた。

「直接的なもので言うと、原宿の『TOKYO HIPSTERS CLUB』の上にあった『CAFE LIBERTE』かもしれません。自分が企画していたDJイベントを、クラブじゃなくてお洒落なカフェでやりたいと思っていたときに見つけた場所だったんですよ。そこで月イチくらいイベントをやらせてもらう中で、アルバイトもすることになって。タコライスってよくカフェメシであると思うんですけど、一度も美味しいと思ったことがなかったんです。でも、『CAFE LIBERTE』で食べたタコライスは人生で初めて『ウマい!』って思えたし、ブリトーもとにかく絶品だった。テラス席ではグリーンにもすごく凝っていて、そこでお店にも吊るしているコウモリラン(観葉植物)の存在を知りました」

そんな「CAFE LIBERTE」だが、2011年に惜しまれつつも閉店。そこで働いていたスタッフは、國本さん以外にも「STUDY」に合流し、上述のタコライスもほぼ同じレシピで提供しているという。そして、今では「バレアリック飲食店」がその思い出の味を「多幸ライス」の名でリアレンジ。今やお店の人気ナンバーワンメニューだというのだから、不思議な縁を感じずにはいられない。それにしても、秀逸なネーミングセンスだ。

「やっぱり『遊び心』は大事かなって。10人中9人に響かなくても、そのうちの1人に響けばいいかなって思うんです。僕なんてそれくらいのマイノリティで生きている人間なので(笑)。ブリトーも以前は3種類あったんですが、今は1種類に絞り込みました。でも、この2年で近所の方たちがブリトーを注文する機会は間違いなく増えたと思うし、ハマってリピートしてくれている人もいますね。そういう意味では、ウチのオリジナリティのひとつなのかもしれません」

バレアリックがつなぐ音楽の輪

2015年4月のオープン以来、着実に地元のファンも増えつつある「バレアリック飲食店」。國本さんが過去にDJ活動をしていたこともあり、お客さんの中にはミュージシャンやクリエイターが顔を揃えることも珍しくなく、不定期でインストアイベントなども行われている。「バレアリック」という言葉が表すように、店内BGMには並々ならぬこだわりがありそうだ。

「店内で『LBGM』っていう不定期イベントをやっているんですが、そのときに録音した音源をまんま流したりもしていますね。(iPadを操作しながら)これはbeipanaくんのやつです。彼には何度かライヴもやってもらったこともあるんですけど、お店の空間にばっちりハマってめちゃくちゃ良いんです。あと、夏になるとお店でよく聴いてるのは、愛奴(浜田省吾のバンド)の“二人の夏”。先日、磯部涼さん(音楽評論家)がウチでDJをやってくれたときに流していたんですが、『すげえ良い曲だなぁ』と思って、去年の夏はずっと聴いていました。特にバレアリック方面で、日本の『和モノ』って呼ばれる曲がすごく流行っているのもあって、こういう邦楽を流すことも多いですね」

音楽好きにとっての憩いの場。そんな風に捉えられがちな「バレアリック飲食店」ではあるが、國本さんは「それだけじゃお店は続けられない」と常に危機感を持っている。

「店名が店名だし、SNSなどを見ても、たしかに音楽好きなお客さんが多く来てくれている感触はありますね。でも、最終的には料理が美味しいこととか、飲食店としての実力が無いとお店は続かないってことを知っているので。音楽的にどうとか、ファッション的にどうとか、内装がカッコいいお店っていうのは世の中にいっぱいあるんですけど、結局は『続けること』がいちばん大変じゃないですか。そこで飲食店としてのプライドを持っていることが大事なのかなって思います」

しかし、この店名だからこそ結びついた出会いもあった。なんと国内各地、また海外からもバレアリックというワードに共鳴した人たちがお店に来てくれたのだという。

「香川から"瀬戸内バレアリック"というイベントを行っている方が来店されたのですが、その時にもらったミックスCDは気に入っていて店内でもよく流しています。瀬戸内海の日の出とかビーチもバレアリック感があって良さそうですよね。あとは、友人がClaremont 56っていうバレアリック・ディスコのレーベルオーナーを連れて来てくれたり、つい先日もベルリンからバレアリック界隈で人気のレーベル・Hell Yeah Recordingsのオーナーが来たりして、うちのTシャツと物々交換でレコードをもらったりしました。自分が好きな音楽や物事に対して、その深さというか強度を同じレベルで共感してくれる人との出会いは、お店をやっていて特に感動が大きいことのひとつですね」

残念ながら、世田谷に海は無い。ところが、ここではまるで夕暮れのビーチで過ごすかのように、都会の喧騒も時間も忘れてチルアウトできる。定義が曖昧な「バレアリック」という言葉と同様に、「バレアリック飲食店」もまた、訪れる度に昨日とは違った表情を見せてくれるのだろう。

バレアリック飲食店
住所:東京都世田谷区宮坂1-38-19
電話番号:03-6432-6121
営業時間:11:30~14:30(14:00 LO)、18:00~22:00(21:30 LO) 
定休日:月曜、不定休あり

Instagram:@balearic.inshokuten
Twitter:@balearic_now

 
(2017/07/25)

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