BRICK LANE

石渡華織さん

最寄り駅
世田谷

世田谷駅を降りて世田谷通りに出ると、交番の向かいにシンプルなガラスのファサードのお店が目に入る。ここは、アクセサリーデザイナーの石渡華織さんがご主人の功一さんとともに営むコーヒーとアクセサリーのお店「BRICK LANE(ブリック レーン)」。いまやお店の代名詞とも言えるカップショートケーキのヒットをきっかけに、週末には行列ができるほどの人気店に。劇的に変化したオープンからこれまでのお店づくりと、世田谷の街に根を下ろした生き方について。店主の華織さんに話を聞いた。

文章:木下美和 写真:田中誠  構成:加藤将太

「この街が好き」。すべてはそこから始まった

石渡華織さんが世田谷ミッドタウンを訪れるようになったのは、4年ほど前。当時交際中だった夫の功一さんが上町で暮らしていて、その頃に結婚の話も持ち上がった。自然と行き来する機会が多くなったある日、功一さんと松陰神社前の商店街を散歩していると、華織さんに衝動が走った。

「当時は『nostos books』さんや『MERCI BAKE』さんがオープンしたくらいのタイミングで。昔ながらのお店が軒を連ねる中に、おしゃれでこだわりのお店がポツリポツリとある商店街の雰囲気がすごく気に入りました。その時には、仕事も子育ても、この街の近くでやっていきたい!と思っていました」

もともとアクセサリーデザイナーとして2010年に自身のブランドwarmthを立ち上げ、オリジナル商品を制作してきた華織さん。ブランド立ち上げの2年後からはほぼ休む暇なく、都内各所の商業施設でポップアップショップを展開してきた。

「将来は自分のお店を持ちたかったので、ポップアップショップ中心の仕事スタイルに区切りをつけて、結婚を現実的に考えるようになりました。いろんなことが同時進行でとにかく忙しかったけど、一旦落ち着いて、将来のビジョンを考えてみたんです。仕事は好きで続けたいけど、結婚して子どもが生まれたら必然的に時間はなくなる。こじんまりやっていくのか、また出店を再開するのか。毎日悩みました。そのモヤモヤから抜け出したくて、何かを変えなければ!と思い立って、昔から憧れていたロンドンに一人旅に出ることにしたんです」


人生の第二フェーズをどう生きていくか—。悩みを抱えたままロンドンへと向かった華織さん。現地では、心のおもむくままに行ってみたい街へ繰り出した。そこで降り立ったロンドンのイーストエンド、ブリックレーンの街で、二度目の衝動が走った。

「店名の由来なんです(笑)。1ヶ月ほど滞在するなかで、ブリックレーンには何度も通いました。とにかく街の雰囲気に惹かれるものがあって。特に印象的だったのは1軒の本屋さん。おしゃれで、雰囲気ある佇まいで、どこかnostos booksさんに似ていて。ブリックレーンをはじめ、ロンドンでいろんなものに触れたことで、モヤモヤがいつの間にか消えて、“アクセサリーが好き!仕事として続けていこう!”と思えたんです」

お店、お菓子、アクセサリー。イメージを一つずつ形に

ロンドンから帰ると、さっそくお店の物件探しへ。あくまで生活との両立を前提に、通勤時間を第一条件にリサーチし始めると、自宅から徒歩3分圏内に魅力的な物件が見つかった。仮押さえをし、これでスタート地点に立ったと思った矢先、そこには系列店を持つ飲食店が入ることになった。

「オーナーさんが物件を貸す判断材料は個人よりも会社のほうが経済的に信用できるんですよね。それをわかっていても悔しかった。その次に今の物件を見つけたんです。駅から近いけど家からは少し離れていて、想定よりも家賃が高くて予算オーバー。しかも新築で、内見したときは内装がまだ完成していなくて。『中を見てからじゃなくていいの?』と、不動産屋さんに何度も言われたのですが、『次こそ絶対に決める!』と意気込んでいたので、見合わない部分は目をつぶりました。でも、そもそもブリックレーンの本屋さんやnostos booksさんのような雰囲気のあるお店をイメージしていたので、新築は綺麗すぎて。それは主人からも気になると言われたのですが、助言を聞かずに決めちゃいました(笑)。思い立ったらすぐに形にしたい性格なので」

物件が決まると、華織さんが真っ先に向かったのはnostos books。この街で暮らしたいと思ったきっかけでもある同店で、内装を手がけた鈴木一史さんを紹介してもらい、縁あって内装を依頼できることに。華織さんは鈴木さんにブリックレーンの写真を見せながら、アクセサリーとプラスアルファの要素としてカフェを作りたいことを伝えた。

「カフェに行くのが好きで、気になるお店を巡ったり、家でカフェ風の食事やお菓子を作ったりして、友人をもてなしていました。それに、この辺りで暮らし始めてから、家の近くにふらっと立ち寄れるカフェがあればと思っていたので。主人はコーヒーが大好きなので、出会ってからはカフェ巡りがコーヒーショップ巡りに変わって、2人でいろんなお店で味比べを楽しみました。だから、コーヒーをメインにすれば、お店を手伝ってくれるんじゃないかなという密かな期待もあったんです(笑)」


2015年9月。ロンドンの雰囲気をまとった、念願のコーヒーとアクセサリーのお店「BRICK LANE」をオープン。モルタル×木のシンプルでいてあたたかみを感じる空間には、鈴木さんを介して知り合ったサインペインティングユニット「Pelt Sign」のレタリングやイラスト、大好きなコーヒーとお菓子、アクセサリー。さらに、オープンに合わせるかのように華織さんは第一子を授かり、まさに理想としていた生活が始まった。



華織さんが中心となってコーヒーやお菓子を作り、スタッフ1人がお店をまわし、奥に併設した工房で合間を縫ってアクセサリーを制作。夫の功一さんはその頃アパレルメーカーの会社員と二足のわらじで、休日にお店を手伝う形で、意気揚々とスタートを切った。が、それもつかの間。1ヶ月、3ヶ月、半年が経っても、お客さんが来ないのだ。

「アクセサリーの仕事も頑張らないと!と思って、以前ほどではないものの、お店と並行して、ポップアップショップを再開したんです。出店の時はお店を閉めていました。気がついたら月の半分くらいは閉まっている状態に。だからお客さんも来ないですよね。かといってお店を開けても、1日10組が来るかどうか。オープン当時はこの辺りにコーヒー屋さんはなかったし、きっと地域の人には望まれているはずと思っていたので、あれ、違ったのかな…と、不安な毎日でした。でも立ち止まってはいられないので、スコーンだけだった焼き菓子のメニューを増やしたり内容を変えたり、何でも試しました」

カップショートケーキ前夜とその後

試行錯誤を重ねるも、半年近く経っても来店客数も売上も伸び悩む日々。そんなある日、自宅でふと作ったというのが、この後お店の運命を大きく変えることになるカップショートケーキ。実は、華織さんが中学生の時から作っていたお菓子で、お店に置くためではなく、余ったケーキの切れ端を活かすためにたまたま作ってみたのだとか。

「小中学生の時からお菓子を作っては、かわいいラッピングをして友だちにプレゼントするのが好きでした。カップショートケーキは、中学の時に通っていたスイミングスクールの仲間に渡すために作ったのが始まり。ショートケーキって持ち運びにくいから、どうやったらいいかなと考えて、かわいい紙コップに入れて作ってみたんです。ずっと私の定番お菓子としてよく作っていましたが、まさか主人が反応してくれるとは思わなくて。『これ、お店でやればいいのに』と言ってくれたことを機にお店で出すようになりました。でも、お客さんの数が少なかったので、作っても毎日ロスになってしまって」

そうこうしている間にお店は2年目に突入。あらゆる種を蒔いたものの、売上はずっと厳しいまま。華織さんはなんとかお店を続けるために、子育てをしながらアクセサリーをつくり、ポップアップショップをやり続け、お店にも立ち続けた。いつの間にか、また休みなく働く日々に戻っていた。

「1年経って運転資金もどんどん減っていき、体力的にも精神的にもしんどくなっていきました。はじめはお店を構えることで、子育ても仕事も無理なく両立できると思っていたのに、逆にお店があることで全部を無理して頑張っている状況になっていました。だから、主人に『辞めたい』という話を切り出したんです」

「これで変わらなかったら終わりにしよう」—。覚悟を決めて出店したのが、2017年3月に三軒茶屋で行われた「SUNDAY MARKET」。3ヶ月に1度のペースで定期的に行われている地域密着型のマーケットイベントで、お店のオープン直後に出店した際はアクセサリーのみだったが、この時はスコーンとカップショートケーキをメインに出店した。

「なんとかお店の存在を知ってもらえたらという思いだったんですが、予想以上にカップショートケーキへの反応が大きくて!インスタグラムで一気に拡散されて、1ヶ月くらいでお客さんが倍以上に増えました。それでようやく赤字が出ないくらいになったんですが、とにかくあまりに忙しすぎて。朝からお菓子を仕込み、日中はお店に付きっきり。その間に保育園の送り迎えに行き、アクセサリーの仕事はまったく手付かず…。主人にも土日ほぼ休みなしでお店を手伝ってもらうことになって。それでも人手が足りなくて、売れたけどこのままでは続けていけないと思い、新たにスタッフを募集しました。それでようやく5月頃に体制が整って、カップショートケーキの人気も衰えずに売上も安定して、お店を続けていけることになったんです」

流行の的ではなく、誰かにとっての“第二の家”になりたい

お店が軌道に乗り、いまや遠方から訪れる人も珍しくないほどの人気店になったBRICK LANE。功一さんは会社員を辞め、本格的にお店一本に。お店のブランディングを手がけているのは功一さんだ。現在、カップショートケーキは土日祝日だけ提供している。そこには、大人気故にオペレーションが回りきらないという事情もあるが、それだけに依存せずに自分たちを更新していこうという意思の表れでもある。

「私は何でもやりたがるのですが、主人はそれを精査して、お店に合うように整えて落とし込んでくれるのでとても助かっています。だから、カフェは主人とスタッフに任せて、私はアクセサリーの仕事に本腰を入れ始めました。ロンドンを旅する中で出会ったヴィンテージアクセサリーに影響を受けて新たに始めたReFaireというブランドのポップアップショップに加えて、シルバーアクセサリーの制作も始めたんです。アクセサリーの仕事をやりたくてもできなくて、ずっともどかしかった。でも、お店が忙しくなったからこそ、本当にいちばんやりたかったことが見えてきたんだと思います。頭の中にはつくりたいものがたくさんあって、5年後にはマリッジリングまで手がけられるようになりたい。デザインするだけではなく、やっぱり私は作り手でもありたいんです」


地域柄、周りにはデザイン関係やものづくりをしている人が多く、刺激を受けることが多いという華織さん。お店の床にレタリングを描いてくれたイラストレーター、ヒラノトシユキさんもその一人だ。オープン直後から、いわばライバルともいえるコーヒーショップや菓子店も増えていったが、華織さんはどう見ていたのだろうか。

「最初はやっぱりお客さんが少なかったこともあって、ほかのお店ができたら気になってはいましたね。でも今となっては、この辺り一帯が楽しいお店や人で賑わえばいいなと思っています。とてもいいお店ばかりですし。共存して街をつくっていけたらなって。ありがたいことに常連のお客さんも増えて、たまにお店に出勤すると『お久しぶりです、お元気ですか?』と挨拶を交わすことも多くなりました。そういうのがいいなって思います。お店を始める時から“家”みたいな感じで、近所の方にふらっと気軽に立ち寄ってもらいたかったので」

オープンから2年半。紆余曲折を経て、やっとの想いで手に入れた、この街での暮らしと仕事。「やってみたいことは全部挑戦したい。私、欲張りなんですよ(笑)」と語る華織さんのやわらかな口調の奥には、有言実行の強い意思がはっきりと感じ取れる。それは、一見フォトジェニックなカップショートケーキを食べれば、きっと納得するに違いない。

かわいらしい見た目をいい意味で裏切る、オーソドックスでいて深い味わい。その背景にある何度も心が折れそうな局面を変えてきた物語は、まさにドラマのよう。“インスタ映え”なんて言葉では片付けられない人間味にあふれている。

BRICK LANE

住所:東京都世田谷区世田谷1-15-14 1F

TEL:03-6413-0157

営業時間:11:00~19:00

定休日:火曜

BRICK LANE ウェブサイト : http://bricklane-tokyo.tumblr.com/

BRICK LANE  Instagram  : https://www.instagram.com/bricklane.setagaya/

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