ラ・ゴダーユ

品田大輔さん、清原奈那子さん

最寄り駅
松陰神社前

松陰神社前商店街のシンボルと言っても過言ではない「共悦マーケット」。昭和の名残を感じるそのひと区画の一番奥に、ビストロ「ラ・ゴダーユ」はある。入り口に飾られた季節のお花と味のある木の扉に出迎えられると、まるでヨーロッパにある老舗のレストランを訪れたような気分になるのだが、気づけば木造の建物とアーケードという日本の懐かしい風景の中。2015年にこの場所から二人三脚でお店を始め、いよいよ今年の11月に新たな地に移転することを決めたラ・ゴダーユのお二人に、このお店のこと、これからのこと、そしてこの場所のことを、あらためてお訊きした。

文章:内海織加 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

感覚が目覚め、お腹も心も満たされる幸せなひと皿

「ラ・ゴダーユ」は、シェフの品田大輔さんとソムリエの清原奈那子さんのお二人が営むお店。テキパキとフロアで動き、笑顔でお客様をもてなす清原さんと、言葉数はそこまで多くはなくとも、食材と向き合う背中に料理への情熱が溢れる品田さんのコンビネーションは、形が異なるからぴったり合うパズルのような、違う音だから心地よいハーモニーのような。それぞれの仕事をしながらも、料理ができた時に器を渡し受け取る様は阿吽の呼吸。高級レストランのような緊張感ではなく、どこか親しい人の家でもてなしを受けているような心地よさは、プライベートではご夫婦でもあるお二人の空気感があるからかもしれない。

店名は、大いに食べ大いに飲むことを表現した「牛飲馬食」を意味するフランス語(俗語)から。その通り、ちょっと気取ったフランス料理とは違い、食いしん坊でもおいしくお腹も満たされる。

「高級なコース料理とか、とってもおいしいけど少なくてお腹が満たされないことってありますよね。いくらおいしくても、足りなかったと思ってしまうのは少し残念なので、ちゃんと満足して帰ってもらえたらっていう気持ちがあって。決して大盛りの店ではないんですけど、ちゃんと満足していただけるように、と思っています。私たちは、二人とも料理もお酒も楽しみたいタイプ。だから、同じように食事を愉しみたい方が通ってくださっている気がします。そういう方たちとテーブルを囲んで、一緒に楽しんでいるような気持ちでこのお店をやっているんです」(清原さん)

その店名と清原さんの言葉通り、ここで料理をいただいた後にはお腹はもちろんのこと、五感や心までも満たされた幸福感が残る。それは、定番の前菜メニューとして黒板の一番上に書かれ、常連たちにも愛されている「野菜のそうざい盛り合わせ」で、まず実感したこと。お皿の上にはさまざまな野菜の料理がバランスよくぐるりと盛られ、豊かな色彩が身体の感覚を目覚めさせてくれる。その配置にも、シェフのこだわりがあることを清原さんは教えてくれた。

「内容はその時々で変わりますが、例えば、甘いビーツの横には塩気のあるインゲンのソテー、そして酸味のある豆のマリネで口の中がさっぱりしたところでひよこ豆のコロッケを食べて、空芯菜の炒めで口の中が潤ったら野菜本来の甘みを感じられる人参のグラッセ……というふうに、順番に口に運ぶうちに気付いたら食べ終えているように並べられているんです」(清原さん)

開店時から変わらない“大和田さんの野菜”への熱い想い

この人気の一皿を彩る野菜こそ、お店をはじめるときにこだわりたかった素材のひとつ、とシェフの品田さん。
「ヨーロッパのレストランでは、野菜を使った料理や豆を使ったエスニック料理が盛り合わせになっているプレートをよく見かけます。このお店では、そういうプレートをおいしい野菜で作りたいっていう気持ちがありました。そこでぜひ使いたかったのが、茨城の海の近くで農業を営む大和田さんの無農薬露地栽培野菜。以前働いていたお店で使っていて知ったのですが、どれも味が濃くて他の野菜とはおいしさが全然違うことに感動して。ここを始めるときには、大和田さんが作った野菜を使おうと決めていました」(品田さん)

その野菜にこだわりたかった一番の理由は、純粋なおいしさ。しかし、自然農法や無農薬野菜を使いたかった理由はもうひとつある、と清原さん。

「もともとは、私がナチュラルワインを出すお店をはじめたいと思って、一人で物件を探し出したところからスタートしています。ワインはナチュラルに作られているので、せっかくなら料理の食材までそうしたい気持ちがあって。だから、お肉やお魚、スパイスや粉物も、生産者やバックボーンを知った上で、できるだけこだわって作られているものを選ぶようにしています」(清原さん)

“大和田さんの野菜”を使っていることは、常連さんならよく知っていること。料理に使っている素材の生産者まで認知されている理由は、時折、店の前でマルシェを開催していたから。茨城から大和田さんを招き、生産者から直接野菜を買ってもらう。そういう機会を設けているのにも、彼らの熱い想いがある。

「大和田さんは、野菜づくりへの情熱は人一倍。野菜を大事に使ってくれる場所なのか、卸先である私たちレストランや八百屋のことをよく見ていますから、ゴダーユも取引してもらえるまでに時間がかかりました。会う回数を重ねて、お互いの考えをじっくり話し合って、今では親戚のように親しい関係になりましたけどね。
マルシェを開いて大和田さんにも来ていただくことで、お客さんと話しながら直接販売したり、みんなが野菜のプレートを頼んでくれていることを直接見てもらったりすることができます。そして、お客様や私たちがいかに大和田さんの野菜を本当に美味しいと思っているかを伝えることができるのです。通常、農家さんは野菜を送ったあとは、それがどうなったかわかりませんから、それを知っていただきたいなと思いました。それに、お客様にとっては、直接会うことによって、サイトや商品に貼られた顔写真を見ただけの認識ではなく、本当に顔の見えた生産者になります。そうすると、きっと葉や根まできれいに食べたいと思っていただける。その両方の良い結果は、このお店にも返ってくるんです」(清原さん)

マルシェは、単においしい野菜が買える市場というだけなく、温かい循環の生まれる場所。お二人の気持ちが生産者に伝わって、巡り巡ってまたおいしい一品が作られる。

メニューは農家から届く素材と会話とノリから生まれる

ラ・ゴダーユのメニューは、毎日変わる。その理由のひとつは、「大和田さんからどんな野菜が届くかわからないから」だそう。多くの飲食店はメニューありきで食材を集めるが、品田さんの場合は食材ありきでメニューが作られる。

「野菜を注文するときは、だいたいの量はお伝えして品種の指定はしません。だから、箱を開けるまでは何が届くかわからないんです。毎回、中身を見てからどんな料理にするかを考えるので、相当鍛えられました(笑)。たまに、どう使ったらいいんだろうと思うような珍しいものもありますが、そういう時は海外でどんなふうに使われているかを調べて、それをアイデアソースにすることもあります。例えば、一般的にはタルトやジャムに使われるルバーブも、ヨーロッパでは鯵と合わせることがあるので、それをヒントにサラダ仕立の料理にしてみたり。それを大和田さんにもお話ししたら喜んでくださって」(品田さん)

品田さんが料理しているのをいつも側で見ている清原さんは、「ノリでやってる感じ、あるよね」と。そして、「うん、確かにノリだね(笑)」と品田さん。そのお二人の掛け合いも、呼吸がぴったり。そして、清原さんの一言から料理が生まれることもあると言う。

「ワインの試飲をしていて、『こういう料理が合いそう』って彼女がアイデアをくれることもありますし、『あれが食べたいな』って不意に言うこともあります。後者の場合は本当に、自分が食べたいものを感覚的に言っているんだと思いますが、作れる食材があればやってみてメニューに並ぶこともしばしば。あとは、葡萄の収穫時期にフランスのワイナリーに行くことが今までの恒例だったので、旅先で食べたものを思い出して、あの料理を日本の食材でやったらいいかも、みたいな感じで作ってみることもあります」(品田さん)

素材やワインからお題を受けとって発想を広げたり、パートナーの一言に応えて料理を作ってみたり。それが心地よいノリの中で展開されていく様は、まるで音楽のセッションだ。

そんなふうに作られたメニューは、選ぶ時に清原さんの口からお客様へと丁寧に説明される。それは、いわゆる解説とは少しだけ違っていて物語のよう。

「この野菜は海の近くで潮風に当たって育っています。土に含まれた塩水を吸っているので、野菜自体にもほのかな塩味を感じられると思います」「この牛は広い敷地で湧き水を飲みながらのびのびと育っているのでとっても健やかで血液もサラサラなんです」聞いているとありありとその様子を想像できるから、料理をいただく時にもその物語ごと味わっているような気持ちになる。

「ワインも料理も、説明があった上で口にするのとそうでないのとでは、おいしさが全然違う気がするので、食材や生産者のお話をさせていただくことは多いですね。食べながら、本当だ! なるほど! って思ってもらえたら、より楽しんでいただける気がして」(清原さん)

ここでお料理やワインをいただいた後に、なにか温かく豊かなものが残る感覚があるのは、そういう目に見えないエッセンスが添えられているからかもしれない。

長屋のような関係性が育まれた「共悦マーケット」から次の地へ

すっかりこのレトロなアーケードにも馴染んでいるラ・ゴダーユだが、「実は最初、この物件はあんまり気乗りがしなかったんです(笑)」と清原さん。

「物件を探し始めた頃は、まだ品田さんと一緒にお店をやるとは思っていなくて、一人で渋谷、代々木上原、三軒茶屋あたりを見ていたんです。でも、当然、家賃が高いですし個人で借りるのはハードルが高くて。そしたら、品田さんが『昔住んでいた松陰神社前あたり、いい街だから一度行ってみたら?』とアドバイスをくれて。早速訪れた時にこの物件を紹介してもらったんです。正直、知らない街でしたし、アーケードが暗い印象があったので、ピンときていなかったんですけどね。この頃には、品田さんとお店ができたらと思っていたので一緒に物件を見てもらって、更には料理人の共通の友人にも意見をもらって、ここにしよう! と決めました」(清原さん)

ここでお店をはじめてもうすぐ6年だが、建物の老朽化によって2021年10月末で「共悦マーケット」が終了してしまうため、9月いっぱいでこの場所での営業を終えることとなった。オープンしてから約6年の間に、品田さんと清原さんはご結婚しお子さんも生まれた。この空間の中には、お二人の人生の大きな節目がキュッと詰まっている。

「お店を始めることも、次の場所へ行くことも、自分の意思ではないものがきっかけとなって突然動き出したので、ちょっと不思議な感じがします。本当は、ずっとここで営業を続けたいんですけどね」と品田さん。清原さんも、「共悦マーケット」で見てきた風景を愛おしそうに振り返る。

「お店を開けながら挨拶するところから1日が始まって、疲れたらお向かいの整骨院にお世話になったり、アリクさんが珍しいお魚を持ってきてくれたり。隣のCD屋さんのお父さんは、帰る時に調理場の窓の外から『おつかれさま!』って声をかけてくれたり、おすすめのレコードを貸してくれたりしました。カフェロッタさんやnostos booksさんはよく食べに来てくださいました。雨が降ってアーケードに雨粒の音がしたら、みんな店から出てきたりして。そういう昭和の長屋みたいな感じがよくて、みんなで移転できたらいいね、なんて話していたんですけどね。今後はそれぞれに場所を変えて活動していきますけど、きっとお付き合いは続いていくんだと思います」(清原さん)

当たり前の風景がなくなるのは、やっぱり寂しい。そして、それが当たり前の日常の中にあればあるほどに、後からじんわりと寂しさを感じるのかもしれない。でも、離れても縁は切れない家族のような距離感が、この一角には存在しているのだろう。

ラ・ゴダーユは、11月から経堂の商店街に移転する。
「寂しさはありますけど、新しい場所ではじめる楽しさも今は感じています。移転後は、以前一緒に働いていたパン職人がメンバーに加わります。パン作りの素材もより一層こだわっていくことになりそうで、チャレンジではありますが楽しみです」と品田さん。

「使えるものは全て持っていきますし、今のお店をそのまま移すような気持ちでいますけど、この古い木造の雰囲気は持っていけませんから、少し雰囲気は変わるかもしれません。どんなふうになるのかなぁ、って私たちも思っているくらいですけど、楽しみですよ」と清原さん。

「共悦マーケット」を舞台に育まれてきたラ・ゴダーユの第1章はまもなく終わりを迎え、新たな地で第2章が始まる。そこでも生産者との料理でのセッションが繰り広げられ、また数々の物語が生まれ、おいしいものの循環は続いていく。そして、「共悦マーケット」での日々も、ひと皿を豊かにするスパイスとしてラ・ゴダーユに生きつづけるに違いない。

ラ・ゴダーユ
住所:東京都世田谷区世田谷4-2-12
※2021年に、経堂に移転。
 
〈移転先〉
住所:世田谷区宮坂3-19-1
営業時間:12:00〜14:30(13:00LO)、18:00〜23:00(21:00LO) 
定休日:月曜、不定休
ウェブサイト:https://lagodaille.tumblr.com/
Instagram:@la_godaille

 

(2021/09/28)

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