ネイビーブレザーストア豪徳寺
小林さん
形を変えながらも100年以上続くアーケード街、豪徳寺市場にその店はあった。「ネイビーブレザーストア豪徳寺」――木目が強調されたモダンなインテリアに所狭しとスタイリッシュなアイテムが並ぶ、まさかのファッションストアだ。いくつかのラグジュアリーブランドをわたり歩いて独立したという店主の小林さんに、いろいろなお話を聞いてみた。
文章:髙村将司
写真:阿部高之
構成:鈴石真紀子
自分が店を構えるなら、絶対コレで!
細い路地にバラエティに富んだ商店が並ぶ豪徳寺駅前。近年では、名刹豪徳寺の招き猫目当てに国内外から多くの観光客が集うこのエリアで、駅前から「豪徳寺商店街」を南へほどなく進むと姿を現すのが、小さなアーケード型の商店街「豪徳寺市場」だ。

現在は改築されており、当代風の店舗が入っているが、もともとは鮮魚店「魚角」が始めたという100年以上の歴史をもつ市場なのだとか。その雑多な雰囲気にワクワクしながら一歩足を踏み入れると、その奥にスタイリッシュな『ネイビーブレザーストア豪徳寺』が店舗を構えている。
優しげな木目調の外装に、教室のような立札式の看板。大判のガラス面の向こうには、木目のある有孔ボードに、さまざまにコーディネイトされた洋服や、スニーカー、帽子やネクタイなどが、ひしめきあうようにディスプレイされている。
世田谷区で洋服を買うといえば、下北沢の古着店が真っ先に頭をかすめるかもしれないが、なかなかどうして。豪徳寺駅前に、こんなにも素敵なお店があったとは!

店主を務めるのは、小林さん。ラルフ ローレンやロロ・ピアーナといった名だたるラグジュアリーブランドの販売スタッフとして腕を振るったのち、かねてよりの強い思いからこだわりのショップをオープンさせた。
「“独立してショップを出すなら、絶対コレ!”という思いがありました。ずっと“ネイビーブレザー”を中心とした店づくりがしたかったんです。どのブランドにいたときも制服代わりのような存在でしたね。何とでも合わせやすいですし、スタイリッシュに装える。自分のルーツともいえるアイテムですからね」

「これまで働いてきたブランドのショップでは、リクエストに応じて、いろんなスタイリングを組んで提案していました。そのなかで気に入ったものをお買い上げいただいていたことが、自分としてはとっても楽しかったんですよね。
ただ、ひとつのブランドでは、振り幅にも限界がありますから。自分が好きなスタイリングやアイテムを思う存分、扱ってみたかったという想いがありました。その中心となるのが、ネイビーブレザーだと思ったんです」
壁には、かつて店舗スタッフを務めていた際に受賞したと思しき「TOP SELLER JAPAN」としての表彰状が掛けられている。小林さんの丁寧な話ぶりからは、内に秘められたスタイルへの思いが、ほんの1時間程度の滞在だが、存分に感じられてくる。
週替わりの着せ替えもやりがい十分

メディアでは、ひとくくりに「古着屋」と紹介されることも多いこのショップ。もちろん名前どおり、ネイビーブレザーも店の軸として販売しているが、ブレザーの専門店というわけでもない。

「その時々に合わせて、国内外の各地に古着の仕入れに出向きます」と、語るように、小林さんが国内外で仕入れてきたトラッドな雰囲気を湛えた、状態のいい古着が中心ではあるが、シューズやタイ、ソックスなど、いわゆる“セレクト”と呼ばれる仕入れ品や、ショップオリジナルアイテムといった“新品”も数多く扱っている。おおよそその構成を見れば、立派な「セレクトショップ」といえるだろう。
この、ひと口で表現しにくいカオティックな雰囲気が、ファッション好きを惹きつけてやまないのだ。

さらに面白いのは、コーディネイトのディスプレイだ。NYのスニーカーショップから着想を得たという有孔ボードを活用し、なんともスタイリッシュな空間を演出している。
「週に1度、年に52回。“ワーク・ミリタリー・スポーツ・ドレス”とコンセプトにして、ディスプレーを変更しています。コーディネイトをそのままセット買いされるのも嬉しいですし、ここから商品を買われても、新たなスタイルを組むのが楽しかったりしますね(笑)」

雑多に配置されているようで、どこか緻密に計算されているようでもある。小林さんの几帳面さがのぞくレイアウトである。

一丁目一番地であるお店の顔「ネイビーブレザー」は、採寸してサイズ調整をする、いわゆる“イージーオーダー”の形式をとっている点も、ファッションにこだわりをもつ人ならば、粋に感じることだろう。

ベースモデルを決めて生地を剪定。小林さんの採寸によって、袖丈や着丈といった微調整を施していく。フロントの合わせやボタンの数や種類、裏地や名入れなどのディテールをオーダーする流れで、自分好みの一着が仕立てられるのが、イージーオーダーの醍醐味だ。
「10代はもちろん、50代、60代になっても変わらず着られるのが、ネイビーブレザーのタイムレスな魅力。トラッドをベースにしたバリエーション豊富な着こなしに対応できるので、いつでも新鮮に感じられると思いますよ」
オーダーの価格は8万8000円からとなるが、その価値は十分に感じられると思う。
歴史ある場所に伝統ある服が似合っています

知る人ぞ知る「豪徳寺市場」は、小林さんにとってお目当ての物件だったのか? 気になるところ。
「たまたまです(笑)。自宅も世田谷区ということもあって、通いやすさもありました。もちろんそれだけじゃなくて、ネイビーブレザーというのは、非常に歴史があるアイテムですから、こうした歴史ある場所に店舗を構えられたのは、何かいいご縁かなという印象も持っています。オーナーの息子さんが、チャレンジングな試みをしているなかで、僕のような店舗も面白がってくれたのはありがたかったです」

穴場のような立地だが、訪れる人はさまざまだという。
「“招き猫”目当てでふらりと訪れた外国人のお客さんには、驚かれたりもしますよ。もちろんいい意味で(笑)。ありがたいことに、遠方からわざわざウチを目指していただくことも多くて、北海道からお越しいただく常連の方もいます」
千社札のフォントで「豪徳寺」と書かれたオリジナルアイテムなどもあり、スーベニアショップのような雰囲気も醸している点にも小林さんのお茶目な一面が垣間見られる。

昔ながらの店が残る一方、この「せたがやンソン」をご覧いただいている人ならば、お馴染みのニューウェイブなお店も数多いこのエリア。
これまでに紹介した、レトロなカレー店『WOHOS MART(オホズマート)』や、花とレコードを扱う『81/2(ハッカニブンノイチ)』の店主たちとも親交があるそうで、彼らのショップカードが置かれていることからも仲の良さが伝わってくる。
「お店を出したタイミングは若干前後しますが、大体同じような時期ということもあって仲良くさせてもらっています。いざ豪徳寺市場に店を構えてみて、こうした横のつながりを強く感じました」

特に、豪徳寺市場で開かれる、年に一度のイベントもそうした連帯感を高めてくれるそうだ。
「僕らのような豪徳寺市場の店だけじゃなくて、オーナーさんと親交のあるお店がゲスト参加したりして、とっても賑わうんですよ。そうしたなかで新たな仲間たちに出会えるのも、この場所で店を構える大きな魅力となっています」
これ以外にも、沖縄祭りや豪徳寺の秋祭りなど、行事も豊富で常に賑わいが創出されているのだという。
「この街の活気のあるムードがいいですよね」と、小林さんも満足げ。
100年以上続く豪徳寺市場という老舗感と、一風変わったファッションストアのミスマッチが、多様な人たちで賑わうこの街に、ちょっとしたアクセントをつけていることが伝わってくる。
ブレずに、装いの魅力を伝え続けたい

古着を扱う点において、現在も増え続けている下北沢の古着店の状況をどうみているか、水を向ける。
「僕が語るのはおこがましいですが……」との前置きが、小林さんの控えめなお人柄を滲ませながら、二の句を継いだ。
「本当に増えましたよね。200軒を超えているようですから。その中に埋もれないためにも、ネイビーブレザーをウチの店の軸に据えたわけなので。でも、他店がどうこうというのは、それほど気にはしていません。
僕はこの店で、無限にスタイリングを組んでいくのが楽しいので。これをブレずに続けていければいいですね」

スタイリングの魅力にハマったのは、ブランドの店舗スタッフ時代だ。
「ドバイやハワイといった海外出張時の1週間コーデを組んでおいてと頼まれたりすることがよくあって。自分としてもそこには、強いやりがいを感じたんですよ。それが今、この店で自分の好きなようにやれているのは、本望です」
「一着目のネイビーブレザーとして選んでいただけることもあって、まさに本望ですよね。ぜひ、そうしたファッションを楽しむことににウチを使ってもらえたら、とも思います。
今って、昔の『メンズクラブ』のような教科書的な雑誌もなくて、皆SNSなどを見て、服を選んでいる時代じゃないですか。だからこそ、ウチに来ていただいて、ネクタイの結び方を一から覚えていっていただいたりするのもうれしいんです。本当幅広く、いろいろな方にお越しいただきたいですね」
一流ブランドでの接客で培われた小林さんの、「服を楽しんでほしい」という想いが詰まったショップ『ネイビーブレザーストア豪徳寺』は、なぜか通いたくなる“ひとクセ”が感じられる場所だった。

ネイビーブレザーストア豪徳寺
住所:東京都世田谷区豪徳寺1-22-5
営業時間:13:00〜19:00
インスタグラム:@navyblazer_store
※定休日はインスタグラムをご確認ください
