ふたつの月

平松朋子さん

最寄り駅
松陰神社前

松陰神社通り商店街から一本路地を入った閑静な住宅街。その中に、フラワーアーティスト平松朋子さんのアトリエ『ふたつの月』はある。彼女の手によって束ねられた花たちは、まるで自生している花を摘んできたような自然な空気感を放つ。植物のやさしさと生命力、その両方を感じる彼女の作風の原点は、一体どんなところにあるのだろうか。

文章:内海織加 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

旅先で見た美しい風景もお花と一緒にそっと束ねる

11月某日、緑に囲まれた一軒家のシェアオフィス「THE FORUM 世田谷」で、とある結婚パーティが開催された。その会場をやさしく、そして華やかに演出していたのは、まるで野から摘んできたかのようなやさしいお花のアレンジ。新郎新婦にも、参列者にも、そしてこの会場にもそっと寄り添うように祝福するこのお花は、松陰神社通り商店街のほど近くに『ふたつの月』というアトリエを構えるフラワーアーティスト、平松朋子さんによるものだ。

「今回の新郎新婦は、プロヴァンスにお住まいだったとお聞きしていたので、フランスの中部地方を旅したときに見た景色を思い出しながらお花を選ばせていただきました。お花のアレンジやブーケを作るときに、旅した時に見たものや感じたものがヒントになることは多々あります。海外に行くと、光や湿度も日本とはちがっているから、花の見え方もちがうし、もちろん自生している植物の雰囲気も今まで見慣れたものとはちがって新鮮なんです。できることなら、世界中の花を見てみたいですね!」


この日、花嫁のために平松さんがつくったブーケは、白を基調にしたシンプルな色合わせながらも、いろいろな種類のグリーンをふんだんに使ったもの。花嫁がブーケを持ってゆっくりと歩く度に花や葉が心地よく揺れ、そこに穏やかなそよ風が吹いているような印象を持った。それはなぜだろうと思っていたのだが、その言葉を聞いて腑に落ちた。アレンジやブーケの中に、イメージする“景色”が宿っているということなんだなぁ、と。

「アレンジやブーケを作るときは、色合わせやバランスを考えながら作っているんですけど、私は特に緑が好きなので、葉ものは毎回2、3種類入れるようにしています。植物の緑って一種類じゃないので、数種類入れると緑のグラデーションができて、お花がより引き立つんですね。それに、葉っぱもいろいろな大きさや形状のものもあるので、組み合せるとそれだけで表情も豊かになります。あと、最後に動きのある葉っぱを入れて、軽やかさを出したりもしますね」

シンプルな色使いなのに、華やかさも感じる平松さんのナチュラルなブーケ。しかし、さっと束ねただけのようなさり気なさには、きっと、彼女がこれまで大事にしていることがたっぷりと、そして緻密に盛り込まれている。

植物に魅了されながら、植物の力を借りながら

平松さんが『ふたつの月』という屋号を掲げて独立したのは、2012年のこと。それまでは花屋に勤め、ある程度の制約の中でアレンジをしていくことが多かったため、一人でスタートした時には、自由に好きな花を使うことができることが、ひとつの大きな変化だったのだそう。

「独立したら、今まで使っていなかったお花も、実はかわいいということに気づいたり、束ねてみたらちがう表情がみえてきたり。今まであまりやってこなかった組み合わせを試すのも楽しくて。お花や葉っぱって、あらためて見ると、ユニークな形状や美しい色をしていて、本当に魅力的なんです。わたしもまだ見たことがない植物も沢山あるので、市場ではじめて見るものに出会う度に嬉しくなってしまうんです。植物って、人工的なものではなく自然なものだから、人の想像を軽々と超えてくる。それが、植物の素晴らしさだなぁって思います」


やさしく控えめなトーンで穏やかに話す平松さんだが、お花のことを話す時は、声も弾んでいるのがかわいらしい。そして、彼女はお花の魅力をこう続けた。

「お花って、生きているものの気配がちゃんとあるんですよね。切り花の場合は根を切ってしまっているので、死に向かっているのに、最後まで精一杯に咲いてくれる。そのお花のエネルギーってすごいなって思って。東日本大震災の後に被災地に足を運んだときも、まだ街自体は被害を受けたままの痛々しい状態だったのに、そんな中でスズランの花がたくさん咲いている場所があって。どんな状況でも新しい芽を出す、その植物の力強さに感動しました。植物そのものに素晴らしさや魅力が十分すぎるくらいにあると思っているので、ブーケやアレンジを作るときは、お花そのものの持つ力を借りてるという感覚です」

平松さんの創作の中心にあるのは、あくまでも植物や花の魅力。自らが何かを作り出そうという気持ちより、植物の力をちょっとだけ貸してね、という接し方が、平松さんらしさだ。

幼い頃から見てきた大自然の風景が発想の原点

「わたしの生まれ育ったところは、京都と奈良のちょうど中間くらいの田園地帯。田んぼだったり山だったり、自然の風景がいつもすぐそこにあったんです。そういう風景を見てきたから、お花を扱う時も自然な状態かどうか、というところは大事にしたくなってしまいますね。例えば、形を作るというよりは、花瓶に放つようなイメージというか。自分が活けたいという意志よりも、花がそこにいたいようになればいいなって思って。お花や植物って、後ろ姿や茎にも美しさがありますし、重みで少し垂れている感じもとっても素敵です。花の向きも、その花に委ねるような気持ちで活けています。自然の中だと、折れている枝があったり、踏まれている草があったり、元気のなさそうな花もある。それが本当は自然体だし、それでいいと思うんです」


彼女の中に揺るぎなくある、幼い頃から故郷で見てきた風景。暮らしの中で浸透してきた景色や匂いや風の感触が、インスピレーションを膨らますための土台なのだ。元気な状態だけでなく、あらゆる植物の状態が自然だし、そのままでいい。そんな感性で活けられている平松さんのお花だからこそ、心にそっと寄り添ってくれるようなやさしさがある。
そして、2015年からは、そんな縁の深い京都でもアトリエを設け、季節に一回くらいのペースで、ワークショップなどの活動を行っている。

「京都は生まれ育った場所でもありますし、とても好きな土地なので、そういうつながりの深いところで活動してみたい、という気持ちが少しずつ大きくなってきたんです。京都では、東京とはまたひと味ちがう出会いがあったり、京都のいろいろなジャンルの作家さんとイベントを行ったり、わくわくする体験を沢山させてもらっています。そして、これはちょっと不思議なのですが、京都では実家のまわりの自然が目に触れるせいか、泥くさいものや野性的なものを作りたくなるんですよね。普段よりもちょっとワイルドになるというか」

彼女にとって京都という土地は、ひとつの指針なのかもしれない。迷ったら戻ってくるところであり、戻ってくればまた新しい景色を見ることができる、そんな場所。

「『ふたつの月』という屋号をつける時に思っていたのは、季節や暦のように変わらない感覚と、月の満ち欠けのように日々変わっていく感覚、その両方の感覚でお花と向き合っていきたいということ。二拠点で活動をすることによって、ふたつの感覚で創作するということも自然と叶えられている気がします」

暮らしと子育てと創作を繋ぐ「松陰神社前」という場所

2拠点で活動しているとはいえ、やはり中心となっているのは東京、松陰神社前。独立して1年後にこの地にアトリエ兼自宅を引っ越して、今年で約5年が経ったところだ。

「アトリエの引っ越しを考えていた時に、いろいろな候補地があったんですけど、その中で世田谷線沿線は特に気になっていたんです。活気のある商店街があって、でも一本入ったらとっても静か。東京なのに落ちついた印象でしたね。路面電車が走っているからか、京都の左京区にも雰囲気が似ている気がして。親近感を覚えたのかもしれません。
息子と一緒に散歩をしたりお買い物をしていると、『おがわ屋』のおじさんが声をかけてくれたり、仲良しのお店の方とおしゃべりしたり。みんな、あたたかいんですよね」


クリスマス時期になると、商店街のいろいろなお店で平松さんの作ったリースやスワッグが飾られているほど、すっかり松陰神社通り商店街にも馴染んでいる。

「松陰神社前って、一人仲良くなったらどんどん繋がっていくのがおもしろいですね。同世代でお店やっている熱い人もたくさんいて、友達の友達はみんな友達! みたいな感じです。『nostos books』の前で移動花屋をやらせてもらったり、『アリク』に活け込みをさせてもらったり。それをきっかけに、近所の方がお花のレッスンに来てくださったこともあって。実家のレモン畑のWEBサイトを作る時にも、松陰神社前のみなさんにご協力いただいていてレシピ提案のページを作ったんです。公私ともに、この街での繋がりに支えてもらっていますね」

商店街を歩けば「わぁ!ひさしぶり!」「うん、ちょっとお散歩で」、なんて顔見知りの人たちと挨拶を交わし、仲良しのお店に顔を出す。もう、すっかり平松さんは、“松陰神社前の人”だ。

「こういう環境で子どもを育てられるのも、とっても安心感がありますね。近所の大人たちみんなで子どもを見守っている環境というか。わたしが子どもの頃のあたたかい風景が、ここにはまだあるような気がして、いいなぁって思うんです。もう少し子どもが大きくなって、お散歩したりお出かけができるようになったら、一緒にいろいろな風景や植物を見て楽しめたらいいなぁ、って思っています」

『ふたつの月』は、お子さんの誕生をきっかけに、また新しい章に入ったところ。平松さんの中に浸透している変わらない感覚と、暮らしや子育てや巡る季節の中で出会う新たな感覚によって進化していくのだろう。でも、今ここに在る、という自然な心地よさをシンプルに教えてくれる『ふたつの月』の表現は、きっといつまでも変わらない。

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