特集
せたがやンソンの誘惑|VOL.2
スウェーデンの定番グラタン料理を“ヤンソンの誘惑”と呼ぶことと、世田谷由来の食材を使って料理をつくろうというテーマからはじまった、『せたがやンソンの誘惑』。第1回の麹料理研究家、おのみささんによる「塩麹料理」に続いて、第2回はキッチン☆ボルベール 竹花いち子さんの「さばみりん干しのサラダ」。
「さばのみりん干しをサラダに??」という人にも、「あれ、美味しいんだよねぇ」とその味を知る人にも必見のレシピです。今回はレシピとともに、いち子さんがオーナーシェフを務めていた世田谷ミッドタウンの名店『東京料理 タケハーナ』のエピソード、先日行われた「タケハーナ復活祭り」の模様、現在行っている料理教室のお話なども、たっぷりご紹介します。
文章:小谷 実知世 構成:加藤 将太 写真:豊島 望
量らない料理教室
いち子さんは料理をするとき、基本的に調味料を量らない。それは、料理教室のときも同じだ。「だいたいこんな感じで」とか、「このくらいの味になるように」なんて確認したり、一緒に味見をしたりしながら進めていく。
「料理に一番大切なのは、観察すること。野菜や調味料などどんな食材も、季節や産地、メーカーなどによって味わいが違うから。でも一度量り始めると、たった1グラムの誤差が気になって延々と量ることになっちゃう。調味料を量るのに集中するのでなく、色が変わったとか匂いがしてきたとか、そういうことを見て、感じながらつくると、料理は確実に美味しくなっていくから」
そしてこう続ける。
「食材を選ぶときも同じことで、たとえば有名なメーカーだと言われても、おいしくないものは美味しくない。ナンプラーはタイの食材だからなんて思い込むと、エスニックの時にしか使えないってなるけれど、味見してみたらそんなことはない。だから、まずバックボーンや肩書きなんて外してしまうこと。そこにあるものはなんなのかってことを観察することが私には大事。観察しないで頭だけで考えていることなんて大したことないよね。それは、料理に限らず、人と人との関係とか、何にだって言えることかもしれない」
そんな風に語るいち子さんの料理教室は、いつも大盛況だ。Shoinstyleの教室には、近所の主婦の方や、お子さま連れのお母さん、男性の姿もある。皆、いち子さんの料理のタイミングやコツをつかもうと、手元や鍋の中を一生懸命覗き込む。そして、お楽しみは(もちろん!)食事の時間。「どうやったらこんな組み合わせを思いつくんだろう」「家でやってみよう」と歓声があがり、たっぷりと盛られた大皿も、あっという間に平らげてしまうのだ。
「料理教室で嬉しいのは、『料理をするのが楽しくなりました』とか『家族が美味しいって喜んでくれた』という声を聞けること。この間も男の人のための『ブキヨーくんの料理教室』っていうのを開いたら、昔好きだった料理の扉がまた開いたって言ってくれた人がいて。そういう人がポツポツいると、またやらせてもらおうかなって気持ちになります」
タケハーナ レギュラーメニュー復活祭り!
タケハーナが復活祭りをする?! そんなニュースが駆け巡ったのは9月のこと。場所は世田谷ミッドタウン内のシェアオフィス「THE FORUM世田谷」。この「せたがやンソン」でも抽選枠を設けて参加者を募ったところ、やっぱりというべきか、当然というべきか、昼夜二部制で20人ずつの定員はあっという間にいっぱいに。しかもこの日は、タケハーナのメニューがいただけるばかりか、スタッフだった岡田さん、ホールの看板娘だったカナコさん、最初の5年までのホールを支えた山下さん、5年目以降のホールを任された大久保さんが集結したのだった。
「タケハーナのレギュラーメニューの生みの親が私だとしたら、育ての親は間違いなく順。この復活祭りを思いついたときも、(岡田)順が来てくれること、みんなが手伝ってくれることが前提だった。順は、広島県福山市で「半 田舎料理 おか星」というお店を開いたばかりだったから、どうかなぁと思いながら連絡したところ、おもしろいって言ってくれて」
そうして10月18日。「タケハーナ レギュラーメニュー復活祭り」が実現した。まず席について、最初にメニューを開いたときに皆があっと驚いた。
<メニュー>
オクラのピクルス 温野菜&ディップ
ひじきのペペロンチーニwith 味付半熟玉子 こんにゃくのチーズフリット
さばみりん干しのサラダ キャベツの春巻 香草スープ
揚げだしコロッケ 鶏ささみの餃子仕立て
ししゃもとモッツァレラのパパド包み焼き うすいカツレツ
揚もちのひき肉ソース いかライスのオーブン焼 東京チャーハン
炎のきしめん ごまのブラマンジェ マシュマロのバナナチョコレートあえ
お土産_豚のレッドホット
計17品+1品のメニュー。なんとこれだけの料理がいただけるとは。一気に場の温度が数度上がった気がした。タケハーナに通い詰めたファンは、あの料理もある、この料理もあると、テーブルに料理が運ばれる前から色めき立つ。
そしていよいよ料理がサーブされると、皆がそれぞれに思い出を語りはじめた。
「実は僕、同じ日に2度ランチを食べに行ったことがあるんですよ」
「タケハーナが終わると聞いて、レギュラーメニューを制覇しようと、最後の1カ月は毎週通いました」
「いち子さんの手元が見える席が好きだった」
「死ぬ前に食べるなら、この料理だわぁ」
少しずつとはいえ、これだけの料理をいただけば、お腹もいっぱいになるというものだが、皆の勢いは止まらない。ある女性がポソッと言った。
「胃袋って思い出でできてるんですね」
確かに。皆一様に頷きながら、美味しい美味しいと手は止まらず。隣り合う人同士、初めましての人も多いはずなのに、美味しいものを目の前に、話す会話が盛り上がること。タケハーナに行ったことがある人もない人も、タケハーナ愛に包まれた一日となった。はじめてタケハーナの料理をいただいたという女性はこんな風に話してくれた。
「メニューをみて、どんな料理だろうと想像したけれど、一つの皿のなかに和、洋、アジアと世界中のいろいろな料理が共存していてびっくり。目で楽しめて、味も美味しくて。これは総合的なエンターテインメントですね」
また、自身も料理人の男性は「なぜ店にレギュラーメニューが必要かということがよくわかりました。定番の味であり、店の基盤となる味。どれだけ時間が経とうとその店を思い出させてくれるのがレギュラーメニューという存在なんですね」と語ってくれた。