malta

布山瞳さん

最寄り駅
新代田

春のはじまり、新代田駅から羽根木エリアを目指すと、線路沿いには眩しいほどの菜の花が気持ちよさそうに揺れていた。大通りから一本入ったこの一角は、「bororo」のアトリエや「and CURRY」のお店を訪れた時と変わらずスーッと穏やかな空気が流れ、心なしか人よりも植物や心地よく吹き抜ける風の存在感が大きい気がする。今回おじゃましたのは、そんな羽根木にお店を構えて7年になるお花屋さん「malta(マルタ)」。ご近所にお住まいの方はもちろんだが、ここのお花を求めて遠方から足を運ぶ人やオンラインでブーケやアレンジをオーダーする人も少なくない。この独特の気持ちよさと多くの人々を惹きつける引力の所以が知りたくて、店主の布山瞳さんに話を訊いた。

文章:内海織加 写真:阿部高之 構成:鈴石真紀子

花のある暮らしへの扉は、都会の森の中に

店先で出迎えてくれたのは、とてつもない年月を重ねているであろう立派な1本の樹。穏やかながら溢れる貫禄に、思わず心の中で「おじゃまします」と呟いた。一歩店の中に入ると、空気は一変。お花のやさしくも華やかな香りに包まれて感覚が目覚め、アンティークの棚を舞台にずらりと並ぶ個性的な花たちを前に、視界の彩度がぐぐっと上がる感じがした。ひとつ一つお花をよく見てみれば、名前は知らなくても子供の頃から見慣れた種類もちらほら。そういうお花も、ここで見ると「あなた、こんなにかわいらしかったのね!」と、魅力を再発見するような感覚になるからおもしろい。

そんなお花のセレクトはどんな基準でされているのか気になってお聞きしてみると、「奇を衒いたくないなと思っていて」と布山さん。

「その季節に自然にあるものがいいなと思っています。ハウス栽培のお花は、できるだけ箱に収まりがいいようにまっすぐ育てられているものも多いのですが、どちらかというと自然の曲がりが生かされているようなものや原種のお花に心惹かれてしまいます。枝ものは外で育てられていて育ち方も野性味があって好きですね」

目に止まったラナンキュラス ラックスに心惹かれて、一緒に合わせるものを相談してみると、「どんな器に生けますか?」と布山さんから質問が返ってきた。グラスにラフに生けることが多いと伝えると、「それならこれ1本でもいいかも。蕾も沢山ついていますし!」と潔い答え。いろいろなお花を目の前にすると、つい組み合わせたくなってしまうけれど、1本でも十分素敵だし楽しいという布山さんの提案は、お花を飾るという行為へのちょっとした力みを解いてくれる。

「お客さまにご相談いただいて飾るお花を一緒に選ぶ時は、どこに飾りたいかとかどんな花器に生けたいかをお聞きするんです。花瓶の画像を見せていただいたり来客予定があるなどの用途をお聞きしたりしながら、想像を膨らませて選ぶのはとっても楽しいですよ」

お花と一緒に、空間と気持ちをふわっと束ねて

もうすぐ母の日ということで、ひとつブーケをお願いした。最初の1輪を手に取ると、そこからはゆるやかに、でも迷いなく次から次への花を選んで手元で束に仕立ててゆく。全部で8種類のお花が入った花束は、空気も一緒に束ねているかのように間が心地よく、手に持っているとそれぞれのお花が揺れている様がまたかわいらしい。お庭の花を摘んだというより、お庭の一角を切り取ったかのような美しさが、そこにはあった。

「ちがう形のものを合わせる方が、まとまりやすいんですよ。バランスも少し崩れているくらいがちょうどよくて。全部が丸いものだったり、色も2色に絞ったりすると、逆に難しくて。ちがうものが合わさるほうが、全体的に自然に仕上がる気がするんです」

そう言って、布山さんは束ねたお花を愛おしそうに見つめる。

母の日には、毎年全国各地から多くのオーダーが入るという。それでも、決まった型を作るのではなく、一件ずつ依頼主とコミュニケーションを取って、ひとつずつお花を選び作るのがmaltaのやり方。

「母の日用のブーケも、普段のオーダーと変わらずに贈る方がどんな方か、どんなファッションやインテリアがお好きかなどをお聞きしてイメージを膨らませます。5月いっぱいは母の日月間とさせていただいて、お届け日をずらしていただいた方には、何日にお花が届きますよ、というインフォメーションカードを先にお届けすることにしているんです。そういうスタイルにしているのは、ボロボロになりながら作業として作った花束ではなく、きれいだなって私たちも素直に思いながら楽しんで作ったものをお届けしたいから。依頼してくださる方のお気持ちをお花に乗せて代わりにお届けするということに、毎回、緊張感を伴うのですが、同時にありがたい役割をいただいているなって思うんです」

ものづくりの手法として選んだお花への道

ところで、布山さんがお花に惹かれるようになったのは、いつからなのだろう。

「両親の実家は、長野と岩手でどちらも自然が豊かな場所。長期の休みになるとそういう場所で過ごすことも多かったので、お花は身近なものでした。実家の庭にも地味なお花が咲いていて、母はそれを切って洗面所に飾っていました。だから、お花って特別なものではなくて、日常の中にいつもあるもの。母が華道と茶道をやっていた影響で、私も大学生の時に習いはじめたのですが、茶道の先生は、いつも裏山や庭から季節の植物を摘んでお部屋にさりげなく飾っていて、そういうのがとっても素敵だなと思っていました。お花そのものが大好きというよりも、そういう季節のものとして楽しむことへの、いいな、という気持ちは昔からあったのかもしれません」

花束の作り方や一輪で楽しむ提案など、布山さんのお花の向き合い方には、引き算の美学みたいなものを感じる。もしかしたらそれは、華道や茶道で養われたものかもしれない。

当たり前に側にあったお花を飾るという営みが、生業に繋がっていくというのはまた興味深い。華道や茶道での経験からお花に対する情熱が高まったのかと思いきや、どうやら少しちがうらしい。

「もともとものづくりが好きで、服飾の専門学校にも憧れていたのですが、教養を広げるという意味で大学に進学しました。でも結局、大学時代にもファッションショーをやったり舞台装置を作ったり、ものづくりが好きというところは変わりませんでした。いざ就職を考えはじめた時には、どんな仕事に就きたいのかわからなかったのですが、近所に町工場を改造して季節のお花を置いているとても素敵なお花屋さんができて衝撃を受けて。これだ!と、必要になる運転免許を慌てて取りに行ったんです」

1社目に勤めたのは、テレビ番組のお花を飾る会社。ここで大切なことに気づくことになる。

「ものづくりの材料が植物という感覚でいたのですが、素材そのものの美しさよりも、画面から見て美しくみえるかどうかが重んじられる世界。お花がお花として扱われないことに違和感を感じはじめたんです。雑に扱われる “ひと” を見て、そんな扱いされるようなものじゃないんですけど!みたいな憤りが湧き上がったりもして。私は、お花そのものも好きだったんだなと、この時に初めて気がつきました。花がちゃんと生かされる飾り方をする仕事がしたいなと思って、別のアトリエに転職したのですが、そこは切り花を大事に大事に扱っていて、その姿勢が素晴らしくて。師匠の元で、多くのことを学ばせていただきました」

さらりとお花のことを “ひと” と言ってしまう感じに、愛情がダダ漏れているなぁなんて、こっそり心の中でにやにやとしてしまった。

店を持つよさも接客の楽しさも、この場が教えてくれた

2010年に独立した布山さんは、自宅の一室をアトリエにしてアレンジやスタイリングの仕事をはじめた。そして、そのアトリエが手狭になった2017年、タイミングよく散歩中に今の物件と出会った。もともとは、お花屋さんをやろうというのではなく、アトリエを持つ感覚だったと彼女は言う。

「建物と木々の緑の感じに心惹かれましたね。私自身が好きなものや大事にしたいことにも通じるものがある気がして、そういうものもここなら伝えやすいかもしれない、と表の顔を見て直感的に思ったんです」

あくまでも最初はアトリエとしてスタートした場所だったが、お店として親しまれるようになったのはコロナ禍のこと。

「私はどちらかというとフロアより調理場にいたいタイプ。初めて会う方とのコミュニケーションがあまり得意ではなかったので、最初はお仕事用にお花を仕入れて、少し余りが出たらそれを販売する程度。でも、コロナ禍でウエディングのお仕事がストップした時に積極的にお店を開けていたら、お花を求めている方が多くて。お客さまとお話しして私も元気をいただいて、お店売りの楽しさに気づくことができました。自宅のアトリエでは決して出会えなかった人たちとお会いできたり、お花を見ていただく機会ができたりして、お店をつくってよかったなぁって、あらためて思います」

maltaがオープンして7年程。まだパン屋さんが1軒しかなかった頃から、定点観測のようにこの羽根木という街の変化を静かに見続けてきた布山さんは、今この街をどんなふうに感じているのだろう。

「人が人を呼ぶ街だなぁって思っています。bororoさん(ジュエリーブランド)みたいにものづくりをしている方とか、フォトグラファーとかクリエイティブな職業の方とか、もともとおもしろい方が集まってはいたんですけど、次第にand CURRYさん(カレー屋さん)ができたり、Boleさん(コーヒー&アイスクリーム屋さん)ができたり、うちでポップアップをしてくださっていたBasenotesさん(古着屋)がオープンしたり。飾らずに自然体でさまざまな活動をしている人たちが集まってきている感じがまた居心地がいいんです」

布山さんは、ここ数年ですっかり人気イベントに成長した「羽根木マルシェ」の立ち上げメンバーでもある。そんなメンバーとの出会いも、羽根木ならではなのかもしれない。

「お店が道に面していることもあって、コロナ禍でもいろいろな方とお話しする機会がありました。羽根木って都心といい距離感を保てる場所だから何かできないかな、なんて同世代の数名で背を向けてお弁当を食べながら話して。それが羽根木マルシェにつながっていくんです。最初は、街でそれぞれに働いている者たちが集まって話してっていう感じだったのですが、大人になってもこんなにいいなと思える方と出会えるもんなんだなぁって、今はしみじみ嬉しく思うことがあります」

ずっと揺らぐことのない花への愛情と仕事の楽しさと

maltaは、依頼を受けてさまざまな場所に生け込みをしたり、ウェディングバーティの装飾を担ったりしている。それは、布山さんお一人ではなく10人ものスタッフとのチームワーク。みなさん長く布山さんの元で経験を積み、それぞれが担当を持って活躍している。

「ウェディングの装飾をみると、こんなにも手を抜かないの? っていうくらい、みんな本気でやってくれています。私もそうなんですけど、みんなそれぞれに1匹オオカミタイプ(笑)。仲良くはあるけれど、群れるということをしすぎずに一人ひとりが仕事に向き合っている感じで、それが心地いいんだと思います。日々、みんなに刺激を受けていますね」

malta=布山瞳さんのイメージだったが、今このお店は、布山さんが軸にいながらも、チームとして豊かにふっくらと育まれているのかもしれない。その姿は、まさに作っていただいたブーケのよう。間のある心地よさの中で、一人ひとりがそれぞれの形や色彩で咲いている。

最後に、これからについて質問をなげかけてみた。これからも長くお店を続けたいですか?と。少し考えてから、布山さんは話しはじめた。

「スタッフもたくさん育ってくれていますから、お店として続けていけたらというのはあるんですけど、私個人としては、お花との関わり方っていろいろあると思っているので、将来的には大きな生け込みを作りにいかなくてもいいし、ちょっとしたお花との楽しみを続けていけたらそれが仕事でも仕事じゃなくてもいいって思っています。でもね、すごいなって思うのが、この仕事って全然飽きないんですよ。仕入れは朝も早いけど、市場に着いたら一気に興奮しますし、店に並べるのもアレンジを作る時間も楽しくて」

きっかけやお店で大切にしていることをお聞きした時、「お花だけが好きなわけじゃない」と布山さんは言ったけれど、お花に対する “好き” の熱量は、きっとものすごく高い。もしかしたら、布山さんが自覚するよりも、ずっと。そして、その “好き” が花やアイテムに乗っかって、なにかポジティブなエネルギーとしてじんわりと届く。これからもmaltaは、都会の中のオアシスとして人を癒し、刺激し、今日も明日からも楽しく生きようとする気持ちを全力で肯定してくれる気がする。

malta

住所:東京都世田谷区羽根木1-21-27 亀甲新 ♯ろ-59
営業時間: 13:00〜18:00
定休日:月曜 、火曜
インスタグラム:@maisonmalta@malta_wedding

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