特集

せたがやンソンの誘惑|VOL.3

上町「鹿港(ルーガン)」の知る人ぞ知る名物といえば「まん頭」。あんまんや肉まんとは異なり、具材の入っていないふわふわの蒸しパンのことだが、シンプルなだけに、どうやって食べたらいいのかわからない人もきっといるのでは? 「おいしい食べ方を知っているのは常連さん」という店主、小林貞郎さんの言葉どおり、料理家のたかはしよしこさんも、まん頭を愛して止まないファンの一人。世田谷ミッドタウン在住歴10年以上のたかはしさんに、このエリアの住み心地と、おいしいまん頭の食べ方を教えてもらいます。

文章:薮下佳代 写真:山川哲矢 構成:加藤将太

料理をつくる仕事を続けていくために

たかはしよしこさんを紹介するうえで、代名詞ともいえるのは「エジプト塩」だ。アーモンドやピスタチオなどのナッツ類に天然塩を加え、クミン、コリアンダーなどのスパイスも配合。もともとは野菜をたくさん食べられるようにと、乾燥ドレッシングとして生まれたものだったが、どんな料理にかけてもグンとおいしくなる、なんとも不思議な万能調味料として一躍人気商品に。一度食べるとそのおいしさに虜になり、リピーター続出の「エジプト塩」を生み出したのが、たかはしさんなのだ。

2006年に独立し、ケータリングを中心に料理家としての道を歩みはじめた。2012年には、ご縁があって品川区西小山で、アトリエ兼レストラン「S/S/A/W」をオープン。娘の季乃ちゃんが生まれる直前まで、キッチンに立って料理をつくり続けた。

「小さい頃から、料理をつくることが大好きで、食べて喜んでもらうのが好きだったんです。私は4人兄弟の3番目であんまりかまってもらえなくて。親から褒められたくて、小学3年生くらいからケーキを焼いては『おいしい』って言ってもらえるのがうれしかった。今も、旦那さんが食べることが大好きで、何が入ってるの?とか味は何なの?とかいろいろ聞いてくるんですけど、うるさいなと思いながらも(笑)、やっぱりうれしくて。『料理が好きなんだったら、食べることが好きな人を選びなさい。一生楽しいわよ』って料理の師匠に言われたとおり、本当にそうだなと思います。喜んでくれる人がいるから、料理をつくっているのかもしれません」

今は、ランチタイムに切り替え週末限定で「エジプト塩食堂」を営業中で、この春には季乃ちゃんの幼稚園入園、たかはしさんもお店に復帰している。お店は週休2日で、営業は土曜〜火曜まで。金曜日は仕込みをするため、水曜と木曜の週に2日、お店を休む。

「尊敬するシェフに、アトリエを開く前に絶対に週休2日にしたほうがいいって言われたんです。飲食業で週休2日なんてありえない! と思っていたんですけど、今はそうしてよかったと思っています。スタッフが生き生き仕事しているんですよ。レストランをオープンする時にはじめて人を雇ったし、みんなとどうやって働いていくのかを考えていて。みんなが気持ちよく仕事できるように、ちゃんと休もうと。週1のお休みで無理して働いてボロボロになるより、しっかり休んで切り替えるほうがいい。お店を長く続けていくことを考えたら、そうなりました」

イメージしていた世田谷じゃなかった

たかはしさんは、世田谷ミッドタウンに住んで10年以上になる。徳島県出身のたかはしさんが、はじめて上京した時、紹介で住むことになったのが表参道にある築60年の古いアパートだった。心のどこかで、「ここは住む街じゃない」という違和感を感じて、その後、杉並区永福町に引っ越すも、しっくりとはこなかった。

「若林に来た時に初めて、ここ好きかもと思って。思い描いていた世田谷のイメージと違って住みやすそうだなと。このエリアって、大きい家もあるけれど、アパートやマンションも混在していて、若者やお年寄り、ファミリー世帯も町のなかに一緒に住んでいる感じがあってしっくりきたんですよ。それで松陰神社前に引っ越してきてからは、めっちゃ好きーーーっ!となって(笑)」

ひとり暮らしが怖かったというたかはしさん。実家では6人家族でワイワイと賑やかな家だった。家に帰るといつも誰かがいる。そんな生活から一変、東京でのひとり暮らしは本当に怖かった。家に帰ると部屋中の電気をつけて、誰もいないか確認するほど。けれど、松陰神社前に住んでからはじめて、怖くないと思えた。

「今まで、隣に住む人と仲良くなったことがなかったんですが、松陰神社前に住んでからは変わったんです。出張に行ったりするとゴミが出せなくて困っていたんですが、近所のおばさんが『捨てといてあげるわよ』と。お母さんみたいに面倒をみてくれて。上に住んでいた人は、息子さんが農家をやっていて、無農薬でつくった野菜を使わせてもらったり、野菜を届けてくれたりして、いいご近所付き合いがありましたね」

松陰神社前で暮らすなかで、大切な人との出会いもあった。常連さんに愛されていた居酒屋「てっこん」で旦那さんと出会い、結婚。お客さんの9割が常連で、まるで家のキッチンみたいなお店だった。結婚してからは松陰神社前を離れたが、今もお気に入りのお店に通っている。「MERCI BAKE」、「LA GODAILLE(ラ・ゴダーユ)」、「広東料理Foo」、「アリク」……、うなぎの「一二三」はお持ち帰りすることも。

「旦那さんは赤ちゃんの頃から松陰神社前で育ちました。『ラ・ゴダーユ』の横にあるマンションで生まれて、商店街を走り回ってたそう。おやつには『MERCI BAKE』の前に営業していた和菓子屋の『青柳』さんでアイスを買っていたとか。商店街が遊び場だったんですね。のどかで、おじいちゃんおばあちゃんも多くていいですよね。本当は大好きな松陰神社前でお店をやりたい。いい物件があったら、いつでも!笑」

ムスビガーデンへの愛を語る

たかはしさんが大事にしているもの。それは食材だ。何を選ぶか、何を使うかで料理が変わる。だから、料理家の目線でこのエリアを見た時、物足りなさを感じていたという。けれど、桜新町に「cocohana」(現・ムスビガーデン)ができてからというもの、自然派の食材を手頃な値段で手に入れやすくなった。

「このエリアに自然食品のお店がずっとなくて困っていたんです。いい調味料といいお野菜を売るお店があったらなって、ずっと思っていて、自分がやろうと思ったぐらい(笑)。そしたら、沖縄発の自然派スーパー『cocohana』ができて。その後、『ムスビガーデン』に変わりましたが、大好きなスーパーなんです。魚の鮮度がすごくいい。すべて天然もので養殖は一切なし。魚のアラが安く売っていて、スープを取っておじやをつくるとおいしくて。今まで取り寄せていた徳島の神山鶏も売っていて、家の近所で買えるようになったのもうれしかったですね。いい餌だけを食べて育ったにわとりだから清らかでおいしいんです。週に2回は必ず行っています」

今回、「ムスビガーデン」で買える食材で、料理を作ってもらった。「まん頭サンド」には神山鶏を、「カルパッチョ」には、宮崎県産の天然マグロを使用する。

「もちろん、オーガニックなものは少々値が張ります。でも、ちょっとの値段の差。せっかくならば、いいものを食べて元気でいたいなって思うんです。食べものが身体をつくるから。いい食材がもうちょっと普通に買えるといいですね。特別なものじゃなく」

生産者と食べる人をつなぐ「架け橋」に

たかはしさんは、料理をはじめた時からずっと、自分は“架け橋”だと思ってきた。生産者と食べる人を料理でつなぐ。生産者が丹誠込めてつくった野菜を知っているからこそ、その思いを丸ごと届けたい。そして、喜んで食べてくれた人たちの声を生産者に伝えたい。たかはしさんの料理を媒介にして、その両者の思いがひとつになり、循環していく。「おいしい食材に出会って、自分の人生が変わった」というたかはしさん。

「レストランで働いていた頃は、効率重視でつくられた野菜しか知りませんでした。けれど生産者と出会って、季節ごとに違う野菜が届くことが私にとって衝撃で。それってとっても理にかなってるんです。生産者も生き生きとつくっているし、食べる人も旬のものを採ることで身体によくて、おいしくて、いいことづくし。これしかないって思ったんですよね。それまでも料理が大好きだったけど、自分の料理はこれだと思ってから、何も変わってないです。それを私は料理で伝えるだけ」

その頃からお願いしている生産者さんは15年くらい変わっていない。生産者に出会って、好きになって、その人の野菜に惚れ込んで以来、ずっと同じ。

「たかはしって名前、かけはしと似てません?」と言われ、なるほどと気がついた。

旬のおいしいものを食べることで、お客さんの意識は確かに変わる。こんなにおいしいものがあるんだと知ってもらうこと。料理で季節を感じるなど、食べることで気づきになったらいいなと、たかはしさんは考えている。

「食事ってとっても当たり前のこと。どんな人にも平等に3回訪れて、その3回はやっぱり幸せなほうがいい。だから私にとって料理をつくるのは最高な仕事なんです。毎日毎食、おいしいし楽しい。ほかの仕事もイメージしてみるんですけど、私にはこの仕事以外、考えられないですね」

そう言って、たかはしさんは太陽みたいに笑った。その笑顔につられて、私たちも笑顔になったのだった。

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